医学・医療最前線

再燃した前立腺がんの一部に有望ながんワクチン( 2010/10/05 )

 久留米大学病院(福岡県)では、全国でも珍しい「がんワクチン外来」を開設しています。がんの治療は外科手術、薬物療法、放射線治療が定番ですが、第4の治療法として免疫療法が注目されています。免疫療法有効性を実証すべく、同外来では免疫学の最新の研究成果に基づいた、テーラーメードがんワクチンを提唱し、実際の治療を試みています。2010年5月には前立腺がんに対するこのがんワクチン療法が、第3項先進医療技術に承認されました。

久留米大学ペプチドワクチン事務局のHP「がんワクチン外来」を日本で初めて設置した久留米大学病院では、ホームページで一般患者にも分かりやすくがんワクチンの仕組みを説明している

久留米大学ペプチドワクチン事務局のHP「がんワクチン外来」を日本で初めて設置した久留米大学病院では、ホームページ で一般患者にも分かりやすくがんワクチンの仕組みを説明している

 ワクチンというとインフルエンザや肺炎といった感染症に対する予防手段を想像する人が多いでしょう。しかし、最近では「がんワクチン」という言葉を耳にするようになりました。がんワクチンは大きく2つに分けることができます。1つはがんの原因になる病原体を予防するワクチンで、もう1つはがんになってしまった患者を治療するためのワクチンです。今回取り上げるワクチンはがんを治療するワクチンですが、がん予防ワクチンとあわせて説明しましょう。


がん予防ワクチンとがん治療ワクチン

 私たちの体には外来の病原体(細菌やウイルス)に対抗する免疫能力が備わっています。インフルエンザワクチンや肺炎のワクチンは、病原体の一部をあらかじめ免疫しておくことによって、いつ感染してもすぐに免疫システムを働かせることができるようにしておくための手段です。

 一口にがんといってもその原因は様々ですが、最近になって特定の病原体の感染と、それが引き起こす炎症やDNAへの攻撃ががんの原因になることがあるという事実が明らかになってきています。例えば肝臓がんの多くはB型肝炎ウイルス、あるいはC型肝炎ウイルスへの感染が原因です。

 子宮頸がんはヒトパピローマウイルス(HPV)が子宮の上皮細胞に入り込み、感染することで発症します。そのほか、一部の白血病やヘリコバクター・ピロリ菌の胃がんなど、病原体の関与が明らかになるがんは今後も増えていくことが予想されます。これらの病気のうち、B型肝炎ウイルス(HBV)とHPVにはワクチンが開発されています。これらはがん予防ワクチンということができるでしょう。

 それでは、一度がんになってしまった場合はどうでしょうか。一度がんになってしまうと、いくら病原体の感染を予防しても、がんへの治療効果はありません。がんは病原体の力を借りずに自立して増殖し、近接臓器に浸潤(次第に周囲へ広がること)し、遠隔臓器には転移することによって、活動の場を拡大することができるからです。では、がんになってしまったら、ワクチンの出番はないのでしょうか。「あきらめるのは早い」とその可能性を追求しているのが、今回紹介する久留米大学病院がんワクチン外来です。

免疫という警察がいつもがんの芽を摘んでいる

 がんの原因は、病原体のほかにたばこに含まれる発がん物質や、放射線、アスベストのような微細な鉱物繊維など多様です。私たちの体は絶えずこうした発がん誘発因子にさらされています。そして、実際に毎日、がん細胞が生まれているのです。それが成長すると「がん」という病気になるのですが、多くの場合はがんに成長する前に血液中の免疫細胞ががん細胞を攻撃、破壊することによって、がんから体を“警護”しているというわけです。

 こうしたシステムがあるにもかかわらず、免疫システムをすり抜けて成長した細胞群が、がんなのです。一度成長し、1cm以上になって目に見える状態になったがんの細胞群を攻撃して消滅させることは、かなり厄介です。そこで、手術や薬物療法、放射線治療の出番となります。

 しかし、免疫システムにも今一度“参戦”してもらおうというのが、今回説明するがんワクチンの原理です。久留米大学病院が開発した前立腺がんに対する「がんペプチドワクチン」療法が2010年5月18日、第3項先進医療技術として承認されました。これによって一部の前立腺がんに対するがんワクチン療法は、保険診療との併用(混合診療)が可能となりました。

再燃すると治癒が難しい前立腺がん

 前立腺がんは、進行していてもいろいろな治療を組み合わせれば、長期の延命が可能ながんです。前立腺がんの動静は「PSA」(前立腺特異抗原)の血中濃度を計測することで簡単に把握できます。がんが発見されても、治療がうまくいけばPSA値は低下します。ただ、PSA値が下がっても5年以内に再発することが多く、その割合は5割を超えます。こうした再発を再燃と呼んでいますが、再燃前立腺がんの予後は大変厳しいというのが現実です。そこで出番となるのが、久留米大学病院のがんペプチドワクチンです。

 がん細胞の表面には正常細胞には見られない変わった分子があります。これらはがん特異抗原と呼ばれますが、血液中にある免疫システムの中の「キラーT細胞」はこの抗原の一部を感知することによって、この細胞をがん細胞と認識し、攻撃を開始します。抗原の一部とは通常、アミノ酸が8〜10個程度で構成されていて、抗原ペプチドという専門用語で呼ばれています。がんペプチドワクチンの名前の由来がここにあります。

 久留米大学病院では、患者から採血して分離したキラーT細胞と反応するがんペプチドをあらかじめ選び、ワクチンとして使う独自の方法を確立しました。患者1人ひとりに異なるペプチドワクチンであることから、同大学チームでは「テーラーメードワクチン」とも呼んでいます。このがん治療ワクチンは、複数の種類のペプチドを組み合わせるものです。血中の抗体濃度を測定して患者が多く持っている抗原を調べ、14種類のペプチドワクチンの中から4種類を投与するというものです。

 今回、第3項先進医療技術として承認された際、この治療の適応症は、「ホルモン不応性再燃前立腺がん(ドセタキセルの投与が困難なものであって、HLA-A24が陽性であるものに係るものに限る)」とされました。これは前述のような前立腺がんが再燃し、ホルモン療法が効かなくなってしまい、かつ肝臓や腎臓の機能が低下しているなどの理由によりドセタキセルという抗がん剤も使えない患者を対象にすることを示しています。ただしこの治療は、薬事承認される前の臨床試験の段階にあり、有効性の確認が終了したものではないということをご理解ください。

山田教授

「ワクチンは抗がん剤治療に比べ副作用は弱く、延命効果もあり、進行がんの患者に適した治療です」と話す山田亮教授

 このがんワクチン治療法の開発を率いた久留米大学先端癌治療研究センター所長の山田亮教授も、がんペプチドワクチン単独療法の限界を認めています。「これまで、がんペプチドワクチンを投与した患者さんは1000人以上にも上りますが、ワクチン単独で腫瘍が消えた患者さんは3人ほどです。延命効果はあることは確かですが、今後は抗がん剤治療や放射線療法と組み合わせる総合的な治療法を検討していく必要があります」と話しています。

 がんワクチンの臨床試験はすべての患者さんが希望すれば参加できるものでありません。事前の検査などで不適格と判断されれば、参加することができません。例えば、ワクチン治療開始前に血液中のリンパ球数が少ないと判断された患者さんではせっかくのワクチンが効果を発揮しないことが予想されますので、参加することはできません。さらに、がん抗原ペプチドを認識する白血球の型もHLA-A24という型に限られます。

1回投与ごとに6万円の負担

 臨床試験のスケジュールは、第1コースと第2コースとに分かれます。第1コースは1週間ごとに8回投与、第2コース以降は、2週間ごとに8回投与を繰り返して行います。試験ですから、希望すればいつでも中止することができます。ペプチドワクチンの費用は1回ごとに6万円かかりますが、このほかに検査費用なども含めて平均的な患者さん(13回投与)では総額は85万円になります。

 なお、同大学病院では、自由診療(ワクチンと検査費用の実費の一部が患者負担)として肺がん、乳がん、大腸がん、胃がん、膵臓がん、肝臓がん、胆のうや胆道のがん、前立腺がん、腎臓がん、膀胱がん、尿路のがん、子宮がん、卵巣がん、脳腫瘍、肉腫などについてもワクチン療法を行っています。これらはすべての白血球型の患者に対応しています。

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