医学・医療最前線

妊娠・出産を希望する乳がん患者さんへのアドバイス( 2016/10/25 )

 若くして乳がんになった女性とそのパートナーにとって妊娠・出産をどうするかは大切な問題です。乳がんは妊娠・出産に対する様々な制約になり得ますが、最近の医学の進歩によってその影響を少なくすることも可能になってきました。乳がん患者の妊娠・出産に詳しいがん研有明病院(東京都江東区)乳腺センター乳腺外科の片岡明美先生にお話をうかがいしました。

ポイント

  • ・ 乳がんになった場合、治療を最優先に考えます。
  • ・ 妊娠中に乳がんになった場合の治療には胎児への影響を考慮して検査や治療を選択します。
  • ・ 乳がん治療後の妊娠によって乳がんの再発が増える、新生児に治療の影響が出るということはありません。
  • ・ 一部の抗がん剤によって卵巣がダメージを受け、無月経になることがあります。その場合を考えて、抗がん剤治療を始める前に卵子や受精卵を凍結保存しておくことも可能です。

 妊娠可能な女性が乳がんになった場合、将来の妊娠・出産は大きな問題です。

 特に近年は結婚の時機が以前よりも遅くなっていて、乳がんになりやすくなる年齢と妊娠・出産の年齢が重なる傾向が強くなっています。

 「20年前は35歳で乳がんになった場合、子供がまだ小さいことを心配する方が多かったのですが、今では出産を経験していない、結婚前という患者さんも珍しくなくなりました」と片岡先生は語っています。

妊娠中に乳がんと診断された場合

 妊娠中に乳がんが発見された、あるいは乳がんの治療中に妊娠が明らかになった――。
このようなケースでも妊娠の継続や出産・授乳ががんの進行を早めたり、再発率を増やしたりすることはありません。しかし、検査や手術、薬物療法や放射線療法は胎児に影響することがあります。特に妊娠前期の治療は胎児に与える影響は大きくなりますが、妊娠中期からの抗がん剤による治療は可能といわれています。また薬によっては乳汁に分泌されるものもあり、薬物療法中の授乳は回避すべきとされています(「日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン」より)。

治療後の妊娠・出産を希望する場合


乳がん患者の妊娠・出産に詳しいがん研有明病院(東京都江東区)乳腺センター乳腺外科の片岡明美先生

 乳がんの治療を終えた場合では、妊娠や出産、授乳が乳がん再発の危険性を高めることはありません。また胎児の異常や奇形が起こるリスクも高くはなりません。かつてはこのような心配があり、抗がん剤などのがん治療後の妊娠はあきらめるべきという風潮が根強くありましたが、現在では乳がん経験者が希望する場合、健常者と区別されることなく妊娠・出産することができるようになりました。

 ただし、手術後の5年間は継続して薬物療法(抗女性ホルモン内服剤)を受けることになりますので、抗がん剤の胎児への影響を考慮して妊娠しないようにします。また、抗がん剤の副作用により、月経が止まってしまう患者さんもいます。抗がん剤の利用によって月経が止まったり、完全になくなったり排卵がなくなるなどの卵巣へのダメージは、「化学療法誘発性無月経」といいますが、その発症頻度は20~100%とされています。抗がん剤による治療で月経が止まるかどうかは抗がん剤の種類と量、さらに患者さんの年齢によっても異なってきます。


 卵巣機能へのダメージを与える代表的な抗がん剤はシクロホスファミドで、乳がんの代表的治療法である「CMF療法」、「AC療法」、「CEF療法」などに用いられる抗がん剤です。将来の妊娠・出産を考慮すると避けたいものですが、「原則は治療を第一に優先します。基準となる抗がん剤なので使用せざるを得ません」と片岡先生は語ります。

 30歳未満の患者さんでは、月経が止まる危険性はCMF療法では19%、CEF療法ではほとんどないと見られています。一方、40歳以上で月経が止まる割合はCMF療法では80~95%、AC療法では57~63%、CEF療法では57~63%といわれ、年齢とともに月経がとまるリスクは高くなります。

 また40歳未満の患者さんは一度止まった月経が治療後に回復することが多いのに対して、乳がん患者ではなくても卵巣の機能が低下して自然な閉経が増える40歳以上になると、一度止まった月経が回復する可能性は低くなります。

卵子や受精卵の凍結保存

 無月経になった場合を考慮して、治療前に卵子や受精卵を凍結保存し、抗がん剤治療が終わった5年後に妊娠・出産することも可能です。妊娠・出産の成功確率は受精卵の方が高いことが知られていますが、卵子の凍結技術の向上によりその成功率は少しずつですが高いものになっています。

 ただし、こうした技術によっても受精に可能な卵子を取得できない、あるいは受精卵を体にもどしても妊娠できないケースもあります。歳をとって、卵巣の機能が低下した場合はどうしても成功確率が下がりますので、主治医の先生とよく相談することが必要です。

 体外受精によって受精卵を作り、それを凍結保存する場合、日本産婦人科学会はその患者とパートナーとは婚姻していることを求めています。片岡先生によると「乳がん治療前に受精卵の凍結保存を機に結婚に踏み切るカップルもいる」とのことです。一方でそれとは逆の例もあります。婚姻関係にないカップル間で受精卵の凍結保存に踏み切る場合は、前述の通り妊娠可能になるのが治療終了後の5年後となります。「5年後まで現在の関係が続いているかどうかも考慮して結論すべき」と片岡先生は指摘しています。

職場の同僚の理解も大切

 最近は社会で活躍する女性が増えてきました。乳がん治療後の妊娠を希望する患者さんはがんの治療、妊娠とともに仕事という3つの課題に直面することになります。特に、30歳~40歳は職場である程度の仕事を任せられる年齢でもあります。

 「患者さんの中には、乳がんにかかったことや手術や抗がん剤の治療を受けていることを内緒にしている人もいます。手術が終わったらなるべく早く退院して仕事に復帰したいと希望される患者さんもいます。でも職場で乳がん治療を受けていることを言った途端に、周囲が協力してくれて、闘病も楽になった、もっと早くいっておけばよかったという患者さんもいることは事実です。パートナーはもちろん、社会で働いている女性の場合、職場の協力を得ることも、乳がん治療と妊娠・出産の目標のためには非常に大切なことです」(片岡先生)。

POSITIVE試験 ホルモン療法中断による妊娠の安全性を評価

 妊娠・出産と乳がん治療を両立させるためにはどうしたらよいか。これは日本に限らず世界中で乳がん医療の新しい課題となっています。乳がん手術後の5年間を待たずに妊娠・出産させることはできないか。こんなテーマで新しい臨床研究も2014年から始まっています。POSITIVE試験というこの試験は、“手術後2年間ホルモン療法を受け、その後で2年間を休薬。その休薬期間中に妊娠・出産してもらい、出産後にホルモン療法を再開する”という治療法の有効性と安全性を検討する試みです。

 世界で500人の患者さんに参加してもらう予定ですが、日本からは16の医療機関から50人の患者さんの参加を予定しています。この休薬中の妊娠・出産の効果を評価するPOSITIVE試験の結果が明らかになるのは10年後ですが、今後も乳がん治療と妊娠・出産をめぐっては新しい治療法が期待されます。

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