Health & Money

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「日本の医療制度」(1)
「日本の公的医療保険の仕組み」

早稲田大学大学院教授
瀬川至朗

( 2010/01/27 )

なぜ病院にメニューはないのか

 風邪をひいて近くの医院に出かけたとします。医療機関がレストランと同じならば、メニューがあってそれぞれの料金が書いているはずですね。「初診料○円」「再診料□円」「注射料◎円」、そして「検査料」「処置料」「投薬料」などの値段も記されるでしょう。その場合、患者はそのメニューを見ながら「検査は高いから今日は止めておこう」などと考えることができるはずです。しかし、現実の医院にはメニューはありません。なぜでしょうか。

 その理由として、日本の医療が「国民皆保険制度」を採用していて、患者は診療機関に費用の一部しか支払わないこと、また、診察・注射・検査といった各医療サービスや材料の価格が「診療報酬」という仕組みで全国一律に決められ、どこの医療機関のメニューも同じになっていることが挙げられます。

 「国民皆保険制度」と「診療報酬」について説明していきましょう。

保険医療の仕組み

 皆保険制度の話をする前に、まず、なぜ医療の世界で保険が必要になるかを考えてみましょう。

 医療費の支払いは、欲しいものを買うショッピングとは本質的に異なります。身体の異常を感じたり、事故やケガをしたりするから病院に行くのであり、本来は、健康で病院にかからないことを願うものです。その病気や事故が深刻なもので手術が必要となると、実費レベルで考えると数十万円から数百万円という大きなお金になります。しかも、入院期間中は仕事ができないため、収入が減ってしまいます。

 こうした事態に直面しても個々人が困らないための仕組みとして、医療保険制度が世界各国で定着しています。

 保険事業の実施主体を「保険者」、加入者を「被保険者」と呼びます。保険医療の仕組みを使えば、「被保険者」は、病院にかからなくても毎月一定額の保険料を「保険者」に支払う代わり、突然の病気や事故で大手術をせざるをなくなった場合でも、医療費の大半を「保険者」が支払い、「被保険者」の直接的な追加出費を毎月数千〜数万円程度に収めることが可能になります。

患者は医療費の一部を負担

 日本の国民皆保険制度は、原則として国民全員に公的な医療保険に加入することを義務づけたものです。その元をたどれば、1922年にドイツの保険法をお手本に健康保険法を制定したのが最初です。30年代の第2次世界大戦中に、国民全員を対象とする制度導入が求められて国民健康保険法が成立し、戦後の61年、新国民健康保険法(58年成立)のもと、国民皆保険制度がスタートしました。

 皆保険での医療費支払いの仕組みはどうなっているでしょうか。国民はそれぞれ、公的保険事業を実施する保険者(企業の健康保険組合、国や市町村)に毎月一定額の保険料を支払います。保険加入の患者が病院で診察・治療を受けた場合、患者はかかった医療費の一部(自己負担分=小学生〜69歳の場合は3割)を医療機関に直接支払います。医療機関は、後述の診療報酬の単価表に基づいて医療費の支払い(患者自己負担分を除いた分)を「審査請求機関」に請求し、審査請求機関はそれが妥当かどうかを審査した上、審査済みの請求書を「保険者」に回します。保険者は、その請求金額を、審査支払機関を通じて医療機関に支払います。(図参照)

 米国は医療技術の先進国といわれます。しかし、日本のような全国民を対象とした医療保険制度はありません。公的な医療保険として、65歳以上を対象とする「メディケア」と、低所得者層を対象とする「メディケイド」がありますが、一般的には、民間の医療保険が中心で、その場合、保険の種類により、受診できる医療機関が限定されます。

 米国では約4700万人、人口の約15%が無保険者といわれます。医療保険改革は、オバマ大統領をはじめ、米国の指導者が目標に掲げる重要な課題となっています。

医療費の内訳 医療費支払いの流れ
医療費の内訳 / 医療費支払いの流れ 医療費の内訳 / 医療費支払いの流れ

健康保険と国民保険はどう違う?

 公的な医療保険は、職場で加入する「職域保険」と、地域の人々が加入する「地域保険」に大別されます。

 職域保険は、職業の種類や組織の大小により、いくつかの保険に分かれます。職域保険の代表的なものが、サラリーマンや日雇い労働者を対象とする「健康保険」です。保険加入者の扶養家族も保険の適用になります。健康保険には、おもに大企業の従業員・家族を対象とする「組合管掌健康保険」(略称・組合健保)と、おもに中小企業の従業員・家族を対象とする「全国健康保険協会管掌健康保険」(略称・協会けんぽ)の2つがあります。「協会けんぽ」は従来「政府管掌健康保険」と呼ばれていたものを、2008年に改組したものです。職域保険には「健康保険」のほか、国家公務員、地方公務員、私立学校教職員が加入する各共済組合や船員組合のものもあります。(図参照)

公的保険の主な保険者 公的保険の主な保険者

 一方の地域保険は、おもに地域ごとに市町村が保険者として運営する保険であり、「国民健康保険」(または「国保」)と呼ばれます。自営業、農業、あるいは定職を持たない人、年金生活者らが主な加入者です。「国保」には、医師や土建業、芸能人らが職業ごとに形成する「国民健康保険組合」(国保組合)が保険者となって運営するものもあります。

 以上、名前が似ていて分かりにくいのですが、職域保険の代表が健康保険、地域保険の代表が国民健康保険と覚えればいいと思います。職域保険、地域保険のほかに、年齢で区切った医療保険制度もあります。75歳以上を対象として設立された「後期高齢者医療制度」です。

診療報酬は「全国一律の公定価格」

 診療報酬は、文字通り、医療機関が医療サービスによって受け取ることのできる報酬であり、医療費の支払いのことです。医療機関を受診してお金を支払った時にもらう「請求明細書」をご覧ください。初診料、再診料、投薬料、注射料、処置料、処方箋料などの項目があり、例えば「再診 123点」「処方箋 68点」といった風に、それぞれ点数が記されていますね。1点=10円となり、「再診 1230円」「処方箋 680円」と読み替えられます。これが診療報酬の点数であり、実質的には、その医療サービスの価格を表しています。

 個々の医療サービスや材料の価格を、国が一律に決めるのが「診療報酬」の仕組みです。全国一律の価格は、診療報酬の点数という形で、「中央社会保険医療協議会」(中医協)という厚生労働相の諮問機関が2年に1回のペースで改定しています。診療報酬の点数表は全国一律の公定価格表です。医療機関が料金を勝手に決めることができないのが、日本の医療の特徴です。この点を指して、「日本は資本主義の国なのに医療制度は社会主義だ」という言葉が使われることがあります。

皆保険制度の長所、短所

 国民皆保険制度は、誰でも平等に医療を受けられるという大きな長所があります。もちろん、提供されている医療サービスに地域間の差はありますが、保険証さえあれば、日本中どの病院でも受診できる「フリーアクセス」が認められています。患者はかかった医療費の一部負担を求められますが、月ごとの高額負担を軽減する「高額療養費制度」もあり、日々の生活において、比較的安価に医療を受けることができます。医療機関としては、診療行為をそのまま点数化し「出来高」で申請できるので、患者のニーズに合った医療を提供することができます。

 一方、課題や短所も少なくありません。まず、超高齢化社会を迎える中で、保険収入が増えない一方、高齢者の医療費が増大しているため、もともと赤字体質だった国民健康保険のみならず、従来は黒字体質だった企業の健康保険の台所も苦しくなってきています。国民医療費の30%以上は公費(税金)によって賄われています。

 また、医療機関が「出来高」で医療費を申請できることは、過剰な投薬や診療行為につながりやすく、医療費のむだを生み出しやすい構造になっています。皆保険制度の基本原則を維持しつつ、赤字体質を改善し、医療の無駄を省いていくことが求められています。

自由診療って何? なぜ保険が適用されない?

 日本の皆保険制度が直面している重要な課題の1つが、「自由診療」の問題です。自由診療は、公的医療保険が適応できない「保険外診療」のことです。国内で承認されていない最新治療薬や先端的医療技術などを使用する場合、保険外診療となり、費用は全額患者の自己負担となります。その場合、保険の制約から外れて自由な医療行為が可能なので、自由診療と呼びます。

 問題は、自由診療と保険診療を組み合わせた「混合診療」を国内で実施した場合、原則としてまったく保険が利かず、保険診療の費用まで自己負担になることです。これが「混合診療の禁止」の原則です。

 なぜ、混合診療での保険適用が認められないのか、不思議に思われる方も多いでしょう。新しく開発された医療は高額なものが多く、混合診療を認めると、もうけ主義の医療機関が、保険診療に加えて法外な保険外診療を強要するようなケースが出てくる恐れがあります。医療費が高騰し、費用を負担できない人も出てきます。国は、こうした格差が生まれることは、国民皆保険の基本原則に反すると考えています。

 しかし、「患者が望む治療を受ける機会拡大を」という声は強く、未承認のがん治療法を受けた男性が混合診療の解禁を求めて裁判を起こしたケースもあります。そこで、厚生労働省は、混合診療を例外的に認める「保険外併用療養費制度」を設置し、厚労省が定めた「評価療養」と「選定療養」に限っては、保険外診療と保険診療との併用を認めています。「先進医療」は、この評価療養の一種です。(医学・医療最前線・第1回『単に「進んだ医療」ではない「先進医療」』参照)

 医療技術や医療サービスの多様化に伴い、一般的に混合診療を認めるかどうかは今後も議論が続くテーマです。

 次回は日本の医療の現状と今後の展望について解説します。

医療費負担の仕組み 医療費負担の仕組み
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瀬川至朗(せがわ・しろう)

早稲田大学政治経済学術院・政治学研究科教授

1977年東京大学教養学部教養学科卒(科学史・科学哲学専攻)。毎日新聞社でワシントン特派員、科学環境部長、編集局次長、論説委員などを歴任。98年「劣化ウラン弾報道」で、取材班メンバーとしてJCJ奨励賞(現JCJ賞)を受賞。2008年1月から早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコースのプログラム・マネージャー。TBS科学監修者。主な著書に『健康食品ノート』(岩波新書)、『心臓移植の現場』(新潮社)。共編著に『アジア30億人の爆発』(毎日新聞社)、『理系白書』(講談社)、『ジャーナリズムは科学技術とどう向き合うか』(東京電機大学出版局)など。

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