Health & Money

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「日本の医療制度」(2)
「現状と今後の展望」

早稲田大学大学院教授
瀬川至朗

( 2010/03/11 )

近年の実情

人口が頭打ちの中、
国民医療費は年々増加
人口が頭打ちの中、国民医療費は年々増加

 日本の医療費は1970年ごろより急激に伸び始めました。経済が高成長を続けているときは「足並みをそろえて」とも言えますが、バブル崩壊後の90年代に経済が停滞してからも、医療費は右肩上がりの状態でした。国は積極的に医療費の抑制策をとるようになりました。その結果、近年は伸びが抑制気味になり、前年を下回る年もでてきています(ただし、02年4月に介護保険医療制度が施行されたのに伴い、従来国民医療費となっていた費用の一部は介護保険の費用に移行し、国民医療費には算入されなくなりました)。

 しかし、最新の国のデータによると、07年度の国民医療費は34兆1360億円で、前年度に比べ1兆円84億円、3.0%の伸びを示しています。国民1人当たりが使った平均の医療費は26万7200円。この額も前年度に比べ3.0%増加しています。日本の総人口は頭打ちで減少傾向に入っているわけですから、総医療費の増加は、1人当たりの医療費の額が増加することを意味しています。

高齢化社会での増加は当然の現象

負担が増える老人医療費 負担が増える老人医療費

 世界の先頭を切って人口の高齢化が急速に進む日本ですので、医療費の増加傾向は、ある意味当然の現象といえます。年をとれば体に変調が出ることも多くなり、ちょっとしたことが実は大病のサインだったということもあります。病院・診療所に行く機会が増えるわけで、1人当たりの医療費は若い人に比べて高くなります。

 1人当たりの国民医療費(07年度)は、65歳未満の平均が16万3400円であるのに対し、65歳以上の高齢者が年64万6100円となっています。高齢者の方が4倍多くなっています。国民医療費のうち、「歯科診療」や「薬局調剤」などの費用を除いた「一般診療医療費」を見ると、65歳未満の11万5100円に対し、65歳以上は約5倍の51万3300円となっています。

 もちろん、高齢化以外にも、医療費を増加させる要素があります。CTやMRIなどの先端の医療機器を使うことによる医療の高度化も一因となるし、欧米各国に比べて、人口当たりの病院ベッド(病床)数が多く、病院での長期入院の傾向があることも一因です。また、国民の医療費が公的医療保険により出来高払い制で支払われているため、市場メカニズムの中でのシステムの効率化や、競争激化による価格破壊などが起きにくい構造になっていることも原因の1つです。過剰な医療、医療費の無駄遣いといった側面があることも否定できません。

サラリーマンの自己負担、なぜ増えた?

 組合健保に加入しているサラリーマン本人は、かつて窓口負担はゼロでしたし、被保険者の家族は2割負担でした。もし、サラリーマン本人とその子供1人がそれぞれ1万円の医療サービスを受けたとして、窓口での支払いは、本人はゼロ、子供が2000円で計2000円で済みました。

 その方針は84年、サラリーマン本人の窓口負担が1割になったことで大きく転換しました。サラリーマンの本人負担は97年には2割になり、05年には扶養者と同じ3割になりました。本人と子供が各1万円の医療サービスを受ければ、各人が3割負担となり、窓口で計6000円支払うことになります。

 国民健康保険に加入している自営業の人たちの窓口負担が3割なので、患者負担の割合を統一して不公平感をなくす狙いはありましたが、不公平感をなくすだけであれば、1割、あるいは2割で統一することも可能です。なぜ、患者に負担を強いることになる3割負担になったのでしょうか。

 一番の原因は、日本社会における少子・高齢化の急速な進行です。先ほども触れたように、高齢者は多額の医療費を使いますが、年金に頼るその収入は現役時に比べてかなり少なく、とてもサラリーマンのような3割負担にすることはできません。高齢者人口が多くなると、その医療費の財源問題が生じてくるのです。

 日本では、急増する老人医療費を財政的に支援するために、現役世代の医療保険である企業の健保組合などに財源の拠出を求めてきました。その拠出金の負担が大きくなったため、従来は比較的余裕があった健保組合の財政が苦しくなり、赤字体質の組合が増えてきました。こうした状況を打破するため、現役サラリーマンの窓口負担率を1割から2割、そして3割へと高め、新たな財源を確保する必要に迫られたのです。

後期高齢者医療費制度が出てきた背景は?

 75歳以上のお年寄りを対象とする「後期高齢者医療費制度」が08年4月に開始されました。なぜ、この制度ができてきたのでしょうか。表向きの理由は、後期高齢者向けの保険制度の一元化・明確化です。従来の老人保健制度も、75歳以上のお年寄りを対象とし、その医療費を健保組合や国民保険の保険料や国の税金で支援する仕組みになっていました。ただし、対象となるお年寄りの多くは市区町村が営む国民保険に加入していました。同じ国保のなかで、75歳以上は保険料を優遇し、窓口での支払いは1割負担だったのです。

 こうした仕組みが複雑で分かりづらいため、75歳以上の後期高齢者の医療保険を新設し、後期高齢者には国民保険を離れて、新設の医療保険に一律に加入してもらうことにしたのです。新しい医療保険を健保組合や国民保険、さらに税金で支援する仕組みは変わりません。本人たちにとっても、加入先が国保から後期高齢者医療制度に変わるだけで、個人の負担は基本的に従来の老人保険制度と同じです、というのが行政のスタンスでした。

 保険料の年金からの天引き問題が騒がれましたが、一方で「姥捨て山の発想だ」という批判もかなり出ました。批判の声が止まなかった背景には、やはり、急増する高齢者の医療費、特に75歳以上の医療費を、新制度のもとでコントロールして抑制したいという国の意図が透けて見えるからだと思います。

今後、国民の負担増える? 保険適用診療が減る?

 75歳以上の高齢者人口は08年10月現在、1321万人。日本の人口に占める割合が10.3%と初めて10%を超えました、日本人の10人に1人が75歳以上の後期高齢者です。この割合は今後高まっていくことが予想されます。

 後期高齢者医療制度の財源は、税金=5割、組合健保など現役世代からの支援金=4割、高齢者本人の負担=1割です。仮に75歳以上の医療費が将来膨れあがっても、税金の投入を5割以上にしないというのが厚労省の考えです。その結果、後期高齢者の保険料や、現役世代からの支援金がそれぞれ増えると試算されています。

 今後の高齢化に伴い、国民の医療費負担はますます大きくなることが予想されます。公的医療制度の破綻を防ぐため、保険適用ができる診療項目を減らして、国民医療費の抑制策を考えることが現実に起きるかもしれません。

なぜ国はジェネリックを推進?

 日本は、投薬や注射、手術などで使用する医薬品にかかる薬剤料が、08年度で医療費全体の29.0%を占めています。欧米に比べて「薬剤比率」が高いといわれ、「薬漬け医療」と呼ばれることもあります。薬剤料の支出削減策として厚労省が推進しているのが「ジェネリック医薬品」の使用です。

拡大するジェネリック
医薬品の国内シェア
拡大するジェネリック医薬品の国内シェア

 ジェネリック医薬品は「後発医薬品」とも呼ばれます。先に開発された新薬(先発医薬品)と成分は基本的に同じで、先発医薬品の特許が切れた後にほかの製薬企業が製造します。1つの薬で150億〜200億円とされる新薬の研究開発費がかからないため、薬価は原則として先発医薬品の7割と低く設定されます。患者はジェネリックを選択することで、窓口支払いを軽減できるし、ジェネリックが普及すれば、医療費全体の削減につながるという仕組みです。

 私自身の経験を言わせてもらえば、あるクリニックから逆流性食道炎の治療薬の処方箋を数回もらったことがあります。診察時に医師から、「この薬はジェネリックでもいいですよ」と言われ、処方箋にもそのことが分かるようになっていました。薬局に持って行くと、「ジェネリックにしますか」と尋ねられます。先発医薬品にするか、ジェネリックにするかは患者が選択できます。ジェネリックは2000円程度で、先発医薬品に比べて1000円ほど安かったと思います。

 社会の高齢化が進み、かつ医療が高度化すれば、国民医療費の増加は避けられません。私自身は、医療費の支出増をネガティブにとらえるのではなく、医療・健康分野を国の基幹産業に育てていける絶好の機会だととらえることが大切だと考えています。ただ、すべてを公的保険で賄わなければいけないとは思いません。医療費を無駄遣いしない点は重要です。誰もが気軽に先進的な医療を保険適用で受けられるようにする必要はないと思います。現実に、医療費抑制策の中で、なかなか保険適用にならない先進医療も出てくるはずです。そうした部分は民間の医療保険で賄うことができます。公的保険と民間保険をバランスよく組み合わせて使う。そのことから、基本的な医療環境を守りつつ、先進医療に柔軟に対応していくことが可能になると思います。

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瀬川至朗(せがわ・しろう)

早稲田大学政治経済学術院・政治学研究科教授

1977年東京大学教養学部教養学科卒(科学史・科学哲学専攻)。毎日新聞社でワシントン特派員、科学環境部長、編集局次長、論説委員などを歴任。98年「劣化ウラン弾報道」で、取材班メンバーとしてJCJ奨励賞(現JCJ賞)を受賞。2008年1月から早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコースのプログラム・マネージャー。TBS科学監修者。主な著書に『健康食品ノート』(岩波新書)、『心臓移植の現場』(新潮社)。共編著に『アジア30億人の爆発』(毎日新聞社)、『理系白書』(講談社)、『ジャーナリズムは科学技術とどう向き合うか』(東京電機大学出版局)など。

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