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気になる医療・トクする情報(8)
メディカルツーリズム:国内編
膠着した日本の医療制度を変革する起爆剤となるか?

医療ライター
渡辺千鶴

( 2010/12/28 )

「新成長戦略」によって外国人患者の受け入れの動きが本格化

 国境を越え、より良い治療を求めて外国の病院を訪ねるメディカルツーリズム。全世界では500万〜600万人が利用しているといわれます。日本でも2010年春頃からメディカルツーリズムに対する関心が急速に高まり、外国人患者の受け入れが本格的に動き始めました。

 背景には、政府が閣議決定した「新成長戦略」があります。この中で、医療・看護・健康関連産業は「健康大国戦略」に位置付けられ、その具体的な取り組みの1つとして、アジアの富裕層などを対象に検診・治療などの医療サービスを、観光産業と連携しながら推進していくことが打ち出されました。

新成長戦略 21の国家戦略プロジェクト 工程表

新成長戦略で21の国家プロジェクトが提案され、医療関係のプロジェクトが2つあるうちの1つが、メディカルツーリズムとなっている(出典:内閣府「新成長戦略〜『元気な日本』復活のシナリオ」

新成長戦略では21の国家戦略プロジェクトが提案され、2つの医療関係プロジェクトのうち1つが、メディカルツーリズム(国際医療交流)となっている(出典:内閣府「新成長戦略〜『元気な日本』復活のシナリオ」)

 この方針に基づき、政府は外国人患者を受け入れるために、医療滞在ビザの新設や医療通訳者の育成、外国人医師・看護師による国内診療の規制緩和などの検討を進めています。



 また、自治体では、徳島県が10年3月から徳島大学病院をはじめとする県内の医療機関や観光産業と連携しながら、中国人向けの「糖尿病検診ツアー」を開始。11月末までに19人の中国人を受け入れました。徳島県だけでなく岡山県や福島県でも同様に、メディカルツーリズムの推進に乗り出す動きがあります。



高度な技術を持つ病院は外国人患者の呼び込みに意欲

 一方、日本の医療機関の動きはどうなっているのでしょうか。実は、以前から日本の病院へ優れた医療技術を求めて、海外から外国人患者が訪れています。たとえば、ロシアのサハリンやウラジオストクなど極東地域に暮らす人々は、地理的にも近い北海道の病院を利用してきましたし、東京や大阪の大学病院や専門病院など高度医療を提供する医療機関には、台湾やロシアなどから患者が訪れていると聞きます。

 このような現象はこれまで一部の医療機関でしかみられなかったものですが、今年に入ってから、政府の動きに呼応するかのように、大都市圏を中心に、外国人の受け入れ準備を本格的に進める医療機関が増えてきたように感じます。

 タイやシンガポールのメディカルツーリスト向けの病院は、国際的な信頼を得るためにJCI(Joint Commission International)と呼ばれる米国の病院品質を評価する機関の認証を受けており、日本でもJCIの取得を目指す病院は少なくありません。

 また、先進医療などの特殊な治療を実施する大学病院では外国人患者枠の新設を検討したり、外国人患者専用の新病棟を作ることを計画したりしています。世界最高水準の普及率である日本の高度医療機器を活用し、陽子線治療の分野ではアジアからのがん患者を受け入れ始めた医療機関も登場しています。

 さらに大手旅行会社のJTBは10年4月に外国人患者の予約代行や通訳、病院への交通・宿泊手配などのサービスを行う「ジャパンメディカル&ヘルスツーリズムセンター」を設立。こうした民間の動きも医療機関の取り組みを後押ししているようです。

 この検診と観光をセットにした自治体のメディカルツーリズムとは異なり、多くの医療機関は世界的にも高水準にある医療技術を生かし、本格的な治療で外国人患者を呼び込みたいと考えています。というのも、日本の病院の約7割は赤字経営に苦しんでおり、保険診療を受ける日本人患者よりも治療費が高額な外国人患者を積極的に受け入れることによって、少しでも赤字を減らしたいとの思惑があるからです。

 ちなみに、難治性の外国人患者に対し、新しい医療技術の開発に向けたメディカルツーリズムを展開するシンガポールの国立病院では、外国人患者から受け取った医療費を医療技術の研究開発や臨床医および研究者の報酬・待遇改善に充てています。

富裕層の外国人患者が優先され、日本の国民が医療を受けられなくなる!?

 このような医療機関の動きに対して、富裕層の外国人患者の医療が優先され、国民が十分な医療を受けられなくなるのではないかといった懸念もあります。シンガポールや韓国では、こうした事態を招かないように政府が1病院当たりの外国人患者の受け入れ割合に上限を定めています。しかし、そのような規制がないタイでは、外国人患者と国民の医療格差が確実に広がっており、日本においても何らかの規制が必要となるのではないでしょうか。

 また、大都市において医師不足が深刻化する中、メディカルツーリズムの恩恵を受けた“勝ち組”病院に医師が引き抜かれ、地域医療が成り立たなくなることを危惧する医療関係者もいます。

 その反面、日本の膠着した医療制度を打破できる起爆剤となるかもしれないといった期待もあります。外国人患者を本格的に受け入れるに当たり、日本の医療の仕組みそのものを変えなければならないこともあるからです。

 例えば、メディカルツーリズムでは当然、世界標準の治療を実施することが求められます。「新成長戦略」の中にも盛り込まれていますが、それには欧米で使用されている薬剤や医療機器が国内でも使えるように、ドラッグ・ラグやデバイス・ラグの問題(世界的には標準的に使われている医薬品や医療機器が、日本では承認されていないという問題)を解決しなければなりません。さらに、保険診療と保険外診療を併用する混合診療が原則禁止されている日本の医療機関において、保険外診療となる外国人患者を受け入れる場合、混合診療の取り扱いについても新たなルールを決める必要があるでしょう。

 いずれにせよ、メディカルツーリズムの発展は私たちが受ける医療サービスの質とも深く結びついています。医療費の高騰により保険財政が危機的な状況にさらされている今、メディカルツーリズムを導入することは“命の沙汰も金次第”の時代への転換点になるかもしれません。この動きについては今後も注意深く見守っていきたいものです。

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渡辺千鶴(わたなべ・ちづる)

医療ライター

愛媛県生まれ。京都女子大学卒業。医療系出版社を経て、フリーランスに。医療・看護・介護分野を中心に編集・執筆に携わる。共著に『日本全国病院<実力度>ランキング』『知っておきたい病気の値段のカラクリ』(共に宝島社刊)『がん—命を託せる名医』(世界文化社刊)などがある。東京大学医療政策人材養成講座1期生。現在、総合女性誌『家庭画報』で「希望をつなぐ先端医療」を連載中。

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