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聖マリアンナ医科大学病院

「骨セメント注入療法」が発揮する
がんの骨転移への治療効果

( 2010/04/27 )

※この技術は、2011年から保険適用になりました。

 がんの骨転移や骨粗しょう症が原因となって脊椎圧迫骨折になると、寝返りもできないほどの激しい痛みが患者の背中や腰を襲います。以前は鎮痛薬を使いコルセットをしながら安静にして、痛みに耐えるしか方法がありませんでしたが、「骨セメント注入療法」によって痛みから解放されることが可能になりました。この画期的な治療法は、「経皮的骨形成術 有痛性悪性骨腫瘍」として先進医療に認定されており、その認定施設の1つである聖マリアンナ医科大学病院放射線科の滝澤謙治教授にお話をうかがいました。

聖マリアンナ医科大学病院

延べ1000体以上もの骨にセメントを注入して治療実績を上げる聖マリアンナ医科大学病院

滝澤謙治教授

独自のISOP法を開発した滝澤謙治教授

 「骨セメント注入療法」は、脊椎圧迫骨折によって骨がなくなってしまった部分に医療用のセメントを針で入れ、骨がつぶれたために生じる激痛を和らげる治療です。聖マリアンナ医科大学病院放射線科では、脊椎専門の整形外科医と連携して2003年に「骨セメント注入療法」を開始、約550人に治療を行ってきました。高度先進医療に適用された05年以降、治療を受けた患者は約350人に上ります。

 その後、骨粗しょう症に対するこの治療法は治験(注)が予定されて先進医療の対象ではなくなり、臨床研究を重ねてきました。「現時点では骨粗しょう症は先進医療の対象ではありませんが、結局、治験の予定はなくなったと聞いており、再び先進医療の対象となるよう、医療機関が申請の準備をしていると聞いています」(厚生労働省)とのこと。そのため、この治療法は今、がんの骨転移のみが先進医療の対象となっています。なお、がんの骨転移に対するこの治療法は昨年10月に薬事承認されました。

(注)治験とは、薬事承認を目指す臨床試験のこと。企業主導治験と医師主導治験があり、一般には未承認の医薬品や医療機器を使ってよい先進医療の「第3項先進医療」よりも優先されるべきとされる。

セメントが発生させる熱でがん細胞を死滅させる

 がんは「がん腫」と「肉腫」に大別されます。がん腫は胃がん、大腸がんなど臓器の粘膜にできるもの、肉腫は骨肉腫、血管肉腫など、骨、筋肉、血管にできるものを指します。骨にできる肉腫の一種である骨腫瘍は、さらに2つに分種されます。1つはがん細胞が骨の中に入ってそこで増殖して骨が脱落する「溶骨性転移」。もう1つは、がんが転移した骨部のカルシウム成分が異常に増えてしまう「造骨性転移」です。後者は、転移した場所の骨が非常に硬くなってしまい、「骨セメント注入療法」で治療に使う針が刺さらなくなってしまうほど。したがって、「骨セメント注入療法」は溶骨性転移には適用できますが、造骨性転移には適用できません。

 溶骨性転移による骨腫瘍を「骨セメント注入療法」で治療すると、骨のつぶれた部分が修復されるので、患者は疼痛から開放されます。さらに、転移したがんが死滅することへの期待も高まります。というのも、この治療でセメントが骨の中に入って固まる際、約70℃の熱を20分間ほど発し、その熱によってセメントを注入した付近のがん細胞は死滅するからです。このように「骨セメント注入療法」は緩和ケアだけでなく、がんの進行を抑えることにも有効に働きます。ただ、セメント注入箇所から離れているがん細胞は死滅しないので、さらにがん治療を進めるために放射線治療や化学療法などとの併用が必要となります。

左は骨セメントを注入する前の写真。右は手術した後の写真。注入したセメントは黒く映っている。(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院滝澤謙治教授)
左は骨セメントを注入する前の写真。
右は手術した後の写真。注入したセメントは黒く映っている。

(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院滝滝澤謙治教授)

ほかの診療科との連携でがん治療の効果アップを目指す

 滝澤教授は、「骨転移したがんの治療は、侵襲度が低く患者さんの身体的負担が少なくてすむ『骨セメント注入療法』の貢献度が今後はさらに高まるのではないでしょうか。ただ、貢献度を高めるためには、ほかの診療科に対して『骨セメント注入療法』の効果について周知させることが不可欠です」と主張します。その理由は、腫瘍はいろいろな種類があり、大きさもまちまちである中、「骨セメント注入療法」は大きな腫瘍に対しては治療効果が見込みにくいからです。大きな腫瘍には放射線治療などによってまずは縮小化を図り、効果が期待できるほど小さくなったところで、「骨セメント注入療法」を行うというわけです。

 しかし、骨転移に苦しんでいる患者の多くは、すでに放射線治療などを長期間に渡って受けています。そうした患者には、放射線治療などの負担をなるべくかけないよう、早期に「骨セメント注入療法」を実施することが必要となります。つまり、大きい腫瘍に対しても、「骨セメント注入療法」の効果を上げる方法です。

 具体的には、カテ-テルを通じて動脈内に金属コイルといった塞栓物質を入れることでがんの栄養動脈を遮断し、腫瘍の縮小化を図る「動脈内塞栓療法」や、がんの患部にカテーテルなどで直接抗がん剤を打ち込む「動注化学療法」などの治療があります。

 このように「骨セメント注入療法」の効果を上げるには、放射線科だけではなく外科や内科、整形外科など、ほかの診療科の医師との連携が大切なのです。がんの骨転移に対して「骨セメント注入療法」が有効であることは、現在のところではほかの診療科の医師たちにあまり知られていないため、その認知と普及が期待されるところです。

 「骨セメント注入療法」は、87年にフランスの医師ガリベール(Galibert P, Deramond)が第2頚椎の有痛性血管腫に対してアクリルセメントを注入し,効果を得たことが始まりでした。その後90年代後半に米国で導入され、世界中に広まりました。現在、保険適用をしている国は、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア、韓国など10カ国近くあります。日本でも近く保険適用になりそうです。先に述べた有効性を考えると、より多くの患者が治療を受けられることは望ましいことですが、一方で、治療効果が見込める腫瘍かどうか適切な診断を行い、最適な治療を行える医療施設が増えていくことも重要な課題といってよいでしょう。

1回に5椎体まで治療できる

 患者はまず、手術前日に入院し、そこで血液検査を行って問題がなければ翌日、「骨セメント注入療法」の治療となります。治療は、回転式のX線透視機能を有する血管撮影装置で行います。治療を行うために患者はうつぶせの姿勢で横になります。消毒後、患部の皮膚および皮下組織に局所麻酔を行います。

 麻酔が効いてきたら、圧迫骨折を起こした椎体の中に軽くハンマーを使いながら針を刺し、医療用セメントを注入します。その際最適な方向から針が刺せるよう、エックス線装置を回転させ、確認しながら手技を行っていきます。この針を刺す際に聖マリアンナ医科大学病院では、滝澤教授が開発した1本の針で行えるISOP法(後述)で行います。医療用セメントは、歯科領域で使用される歯の充填材とほぼ同じだそうです。

 治療時間は1椎体の手術で約30分、複数の骨に対しては開始から1時間程度で終了します。1回の治療で5椎体まで治療できますが、5椎体までというのは、使用するセメントの量に限りがあるからです。セメントは溶かしてから30分後には固まってくるので、5椎体の治療の場合は針を5カ所に同時に刺し、セメントをなるべく短時間で入れていきます。

 局所麻酔ですから患者は術中も意識があり、終了が告げられるとほっとした表情を浮かべるそうです。その後患者は約2時間安静にします。麻酔から醒めると針の傷みが残ることがありますが、圧迫骨折の痛みはすでになくなっています。術後に問題がなければ普通に食事もでき、合併症が発生しなければ1週間以内、多くの人は3〜4日で退院します。同院での「骨セメント注入療法」にかかる費用は、1回の治療で14万5140円です。

 「骨セメント注入療法」の治療に伴うリスクとしての合併症については、針を刺入した患部の皮下血腫や、菌が入って起こる感染症があります。また、セメントが骨の外に漏れて静脈に流れ込むと肺塞栓症を起こしたり、神経に流れると脊髄障害を起こしたりすることもあり危険です。これらは刺入技術が十分でなかったり画像設備などの原因で刺入するポイントが的確でなかったりした場合に起こることが考えられますが、滝澤教授は「症例数が多く十分な設備をもった当施設では現在のところこうした合併症は起きていません。そのほか術後に発熱したり、不整脈や血圧低下などを起こす可能性がありますが、その原因はセメントに対するアレルギー反応だと考えられます。熱を出した患者さんが数名いましたが、その後問題はありませんでした」と説明しています。

セメント1袋、滅菌バリウム6g、溶剤10mLを手早く混ぜ合わせ、針を刺してセメントを注入する
セメント1袋、滅菌バリウム6g、溶剤10mLを手早く混ぜ合わせ、針を刺してセメントを注入する。
(写真提供:聖マリアンナ医科大学病院滝澤謙治教授)

患者の負担が軽くなり時間も短縮したISOP法

 聖マリアンナ医科大学病院の行う「骨セメント注入療法」の最大の特色は、治療を行う針を1本で行うことです。これがISOP法です。従来の方法は、針を刺すポイントを決定するのに時間がかかり、また理想的なポイントに刺すことも難しいという問題がありました。そのため、セメントを注入する針と、注入するために骨の中にたまった液体を抜いたり骨内の圧力を抜いたりするのに別の針を使うので、2本針を刺す必要がありました。

 ISOP法というのは、前述した回転式装置を使いながら、エックス線で正確に患部を絞り込んで、そこに刺す針を1本で行う方法です。針を刺すのが1本でできるため患者への負担が軽減されるばかりでなく、これまでの3分の1から4分の1の時間で治療が可能になりました。わが国でISOP法を行う病院は、聖マリアンナ医科大学病院のほかにまだ数施設しかありません。現在滝澤教授はISOP法をさらに進化させるために、管の中が2重構造になっている特殊な針を開発しており、近く実用できる予定だそうです。

 患者は自宅に帰ってからは日常生活を送れるようになるのですが、動けるようになったからといって以前のように動こうとすると、骨折して身体を動かさなかった間に筋肉が衰えてしまっているので、無理をしがちです。「無理をすれば再び骨折の恐れもあるので、注意してほしい」と滝澤教授は言います。そうした場合には、がん治療の継続を続けながら筋力を取り戻すためにリハビリテーションが必要になります。また、骨粗しょう症の治療を行った人も同様です。骨粗しょう症については、薬も数種類出ているので、医師と相談しながら服薬し、予防に努めることも再発防止のためには重要となるでしょう。

 「骨セメント注入療法」を行う脊椎圧迫骨折は、原因はがんの骨転移と骨粗しょう症と異なるものの、いずれの場合でも身体を支える脊椎を侵す症状から、患者が寝たきりになる可能性がある病気です。「この治療のさらなるレベルアップを目指します。ISOP法の新しい針の開発もその1つです。がんも骨粗しょう症も加齢がリスクである以上、患者数が増加する疾病と考えます。予測されるニーズの増加に応えられる医療を提供していきたい」。滝澤教授の「骨セメント注入療法」への挑戦はまだ続きます。いったんは先進医療の治療の対象から外れた骨粗しょう症についても、「高齢化社会が進み、骨粗しょう症罹患者の増加は深刻な社会問題です。臨床試験を重ねて、有効性や安全性を確認し、再度先進医療、さらには保険適応を目指してほしい。そのための支援は惜しまない」と、厚生労働省ではエールを送っています。

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