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脳卒中インタビュー

山口武典

山口武典・日本脳卒中協会理事長
(国立循環器病センター名誉総長)に聞く

脳卒中は予防できる

( 2011/10/01 )

山口武典(やまぐち・たけのり)

1960年九州大学医学部卒業、65年九州大学院医学研究科終了(医学博士)、68年米国Mayo Clinicにて研究に従事、72年九州大学医学部講師、77年国立循環器病センター内科・脳血管部門主任医長、79年部長、95年同センター副院長、病院長、総長を経て、01年より国立循環器病センター名誉総長

 日本人の死因第3位の脳卒中。しかも、寝たきりなどの要介護状態の原因のトップの疾患であることが、より深刻です。とはいえ、脳卒中は、本人の努力と薬剤の力で予防ができるということで、注目と期待を集めています。ただし、その予防法については、国民はもちろん、医療従事者ですら、正確に認識しているとは言い難い状況です。これでは、せっかくの予防法も生かすことができません。どのようにすれば、脳梗塞の発症を予防することができるのでしょうか。この予防法をはじめ、脳卒中について啓発活動をけん引する社団法人日本脳卒中協会の山口武典理事長にお話を伺いました。

先生が理事長を務める、日本脳卒中協会は全国に支部を持ち、多くの専門家が会員となり脳卒中予防の啓発活動などを行っています。まず、協会ができた経緯をお話いただけませんか。

 日本脳卒中協会が設立されたのは、1997年です。当時、急性期脳梗塞の治療薬として組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)が米国で認可されて1年過ぎた時でした。t-PAは劇的な効果を示す脳梗塞の治療薬ですが、発症後3時間以内に治療を開始する必要があります。脳梗塞が発症したら、とにかく一刻も早く患者さんは専門病院を受診する必要があり、いかに早く病院に到着したかが、患者さんの予後を左右します。また、脳卒中を起こさないためには危険因子である高血圧、糖尿病などをうまくコントロールする必要があります。これらのことを社会に啓発する必要があると思いました。

 そこで、協会の現専務理事の中山博文先生と相談し、最初は任意団体として協会を立ち上げました。活動はすべてボランティアで行ってきました。ボランティアで全国的に啓発活動を広めるためには支部が必要と考え、今では多くの先生方の協力を得てほぼ全国に支部を置くことができています。

協会の啓発活動の中で力を入れていることは何ですか。

 とにかく脳卒中は予防できるということを、多くの方に知ってもらうことです。その予防の第一歩は、生活習慣の改善です。次に、脳梗塞の"前触れ"である一過性脳虚血発作(TIA)を見逃さず、脳梗塞の発症前にくいとめることです。実際に脳梗塞発作が起こってしまったら、すぐ病院に搬送し、治療することで脳梗塞の予後を大きく改善することが可能です。実は、このことは医療従事者でも知らない方もいますので、啓発活動の意義は大きいと考えています。また、発症後はリハビリテーション(以下、リハビリ)を早めに始めることも重要です。リハビリは早ければ早いほど、機能の回復も大きいからです。そして、再度、生活習慣の見直しや薬物療法により再発予防に努める、ということです。

 脳卒中予防十カ条をご存じでしょうか(図版参照)。脳卒中は生活習慣の改善により予防できる病気であり、もしも発症してしまったらとにかく早く病院に連れて行き治療をするべき病気です。

脳卒中予防10カ条

 協会では、このようなことを積極的に啓発するため、市民講座を開催したり、いろいろと工夫を凝らしたポスターも作りました。毎年5月25日から31日を脳卒中週間と定めて、一般に冬に多いと考えられている脳卒中は、夏の暑さによる脱水からも発症しやすいことを啓発しています。

元サッカー日本代表監督のイビチャ・オシム氏を起用したポスターやテレビCMは非常にインパクトがありましたね。また、協会のウェブサイトでは今年3月から、t-PA療法が可能な医療機関のリストが掲載されています。
 t-PA療法は非常に強力な治療法で、この治療法が実用化される前であれば、まず寝たきりになると予想されていたような患者さんでも、歩いて退院できるほどに回復させることができる治療法です。しかし、発症後早期に治療を開始する必要があるという点に加え、この治療に精通した専門家が限られるため、全国の限られた病院でしか受けることができないのです。発売開始から4年間で脳梗塞患者さんの4%前後しか受けることができていません。少しでもt-PA療法が普及するために、t-PA治療が可能で、一定の基準を満たしている医療機関を一般の方々や救急隊員に知って欲しいと思い、許可を得て公表しました。
脳梗塞の予防効果がある新規薬剤の実用化も進んでいます。
 血液を詰まりにくくする抗血小板薬や抗凝固薬の選択肢が増えています。例えば、約半世紀ぶりの新薬として、心房細動患者の脳梗塞発症予防薬が今年登場しました。心房細動とは高齢者に多くみられる不整脈で、心房全体が細かく震えることで心房内に血流が滞り、血栓ができやすくなる疾患です。この血栓が脳の血管を詰まらせると脳梗塞が発症します。心房細動のような脳卒中は心原性脳塞栓症と呼ばれ、脳梗塞患者の約3分の1を占め、かつ、症状が重く、死亡したり寝たきりになる確率が高い病気です。

 このような患者に対して血液の凝固を抑制する目的の薬剤として、これまではワルファリンという薬剤しか選択肢がありませんでした。しかし、ワルファリンを飲んでいると納豆やブロッコリー、モロヘイアなどの緑黄色野菜が食べられないなど、患者さんは食生活で制約を受けます。また医師にとっても、毎月の検査で薬の効果を確認する必要があるなど、とても煩雑でした。そのため、本当はワルファリンを必要とする患者さんであっても、ワルファリンの処方を受けていない方が多数存在していたのが実情でした。


「脳卒中対策基本法の成立に尽力したい」と語る山口武典理事長



 新しい薬は、食事の制限や煩雑な検査も必要なくなります。そのため、今後は新しい薬を飲む方が増えるのではないでしょうか。その結果、心原性の脳塞栓症も減少すると期待されます。ただし、腎臓の悪い方では効果が強く出すぎて出血が増える危険性があるなど、必ずしも夢の薬というものではありません。

ただし、高齢化によって、まだまだ患者数は増えるともいわれていますね。

 その通りです。高齢化を背景に、2025年までは脳卒中患者は右肩上がりに増え続けると推測されています。現在、日本人の死因の第1はがん、第2は心疾患で、脳卒中は第3位となっています。ただし、寝たきりなどの介護を必要とする疾患の1位が脳卒中で、経済的負担も大きな疾患です。

 協会では08年から、脳卒中の医療体制整備や市民への継続的な啓発の必要性を盛り込んだ「脳卒中対策基本法」の策定を目指して活動してきました。そのほか、例えばドクターヘリを使っても時間内に到達できないような僻地の場合、インターネット回線を使って専門医が中央から指示を与えながらt-PA治療を行う、いわゆる遠隔脳卒中医療(tele-stroke)が有用ですが、現在のところこのような医療は健康保険適用外となっています。健康保険の適応を求める活動も必要です。同基本法には、遠隔医療を普及されるためのこうした方策も盛り込むことになっています。
 今年2月には、同基本法の法制化に賛同する、超党派の議員連盟も発足しました。しかし、3月の東日本大震災の影響と政局の混乱のため、動きが停滞しているのが現状です。

 既に同基本法の成立を求める20万人近くの署名も集めています。署名に協力して頂いたり、集めてくれた方々の期待に応えられるよう、脳卒中対策基本法の成立に尽力したいと思っています。

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