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脳卒中インタビュー

山口武典

板倉徹・日本脳卒中協会和歌山県支部長
(和歌山県立医科大学学長)に聞く

先人に学ぶ脳卒中の予防法

( 2012/01/27 )

板倉徹(いたくら・とおる)

1946年生まれ。70年和歌山県立医科大学卒業。同附属病院診療医、米国カリフォルニア工科大学生物学部門留学などを経て、94年より和歌山県立医科大学脳神経外科教授。2006年より、公立大学法人和歌山県立医科大学学長。医学博士、日本脳神経外科学会専門医、日本リハビリテーション学会認定臨床医、日本脳卒中学会専門医

 かつて脳卒中は日本人の死因のトップでした。塩分の多い食事による高血圧が主な原因と考えられています。歴史上の人物でも、上杉謙信や源頼朝、徳川吉宗、さらに近年では小渕恵三元首相や、プロ野球の木村拓也コーチなど、脳卒中で亡くなった人は数知れません。昔に比べ、脳卒中による死亡率は確かに低下していますが、脳血管疾患の総患者数は約130万人、死亡は年間12万人以上に上ります。しかし脳卒中は生活習慣の改善で予防できます。先人たちの生活や病気への考え方を振り返りながら、現代の私たちは何を学ぶべきか、社団法人日本脳卒中協会和歌山県支部長で、和歌山県立医科大学の板倉徹学長にお話を伺いました。

戦国武将など歴史上の人物で、どのような人が脳卒中だったといわれているのですか。

 正確な記載がないので、脳出血なのか、脳梗塞なのかははっきりしませんが、脳卒中であろうといわれているのが、上杉謙信、平清盛、源頼朝、徳川吉宗、山内一豊です。

 この中で一番確かなのが上杉謙信です。厠(かわや)で意識を消失したという記載があります。ただ、そのまま亡くなったのではなく、遺言を書こうとしたら、手が震えて書けなかったようです。それらの様子から、謙信は小脳出血で倒れたのであろうと思われます。「四十九年一睡夢 一期栄華一盃酒」という辞世の句にもあるように、謙信はお酒が好きだったようですから、血圧が高く、そのためトイレでいきんだときに倒れたのではないでしょうか。

 現代であれば、小脳出血は手術をすれば助かりますし、後遺症もそれほど残さなかったのではないかと思います。謙信は49歳で亡くなりましたが、血圧管理や塩分制限をして予防すれば、もっと長生きしたでしょうね。

 平清盛は、高い熱が出て、氷水をかけても、それが沸騰するほどだったという記録があり、これはマラリアという説と脳出血という説があります。脳出血だとすれば、視床出血が視床下部に及んで、体温調節ができなくなる中枢性過高熱ではないかと思われます。

 源頼朝は、妻である政子の妹の供養にでかけ、お酒を飲み、その帰りに落馬したといわれています。ただ、どちらかの手足に麻痺があったという記述もありますので、すでに脳出血があり、それで落馬したとも考えられます。

 紀州徳川家の藩主で、その後、江戸幕府第8代将軍になった徳川吉宗は、脳卒中を2回起こしていたといわれています。山内一豊も脳出血があり、左片麻痺があったようです。海外では、レーニンやスターリンが脳卒中であったといわれています。レーニンは脳出血で麻痺や失語が認められたようです。

近年でも、著名人で脳卒中になった方は多いようです。

 最近ですと、俳優の竹脇無我さんが小脳出血で亡くなっています。歌手の立川澄登さん、俳優の東野英心さん、漫画家の赤塚不二夫さんも脳出血でしたし、プロレスラーの橋本真也さんは血圧が高く、脳幹出血で亡くなっています。

 脳梗塞は脳卒中全体の6割を占めており、政治家の田中角栄さんやダイエー創業者の中内功さん、元サッカー日本代表監督イビチャ・オシムさん、映画監督の大島渚さん、作家の野坂昭如さんも脳梗塞でした。政治家の小渕恵三さんやプロ野球監督の長嶋茂雄さんは心房細動が原因で起こる脳梗塞でした。小渕さんの場合、倒れる当日、脳卒中の予兆である一過性脳虚血発作(TIA)があったと思われますので、その時にすぐ病院に行けば脳梗塞を防ぐことができたかもしれません。ただ実際には、当時首相だった小渕さんが仕事を置いて、入院するのは難しかったでしょう。

 小脳梗塞は比較的予後が良く、歌手の西城秀樹さんや音楽グループMr.Childrenの桜井和寿さんが小脳梗塞でした。くも膜下出血は若い方に多く、俳優の天知茂さん、演出家の如月小春さん、水泳選手の木原みち子さん、プロ野球コーチの木村拓也さんもくも膜下出血でした。

昔の日本人は脳卒中が多かったのでしょうか。また当時の人々の脳卒中への理解や認識はどうだったのでしょうか。

 統計的記録が残っているわけではありませんが、歴史上の人物だけでなく、日本全体でも脳卒中による死亡は多かったと思われます。やはり塩分の多い食生活、それによる高血圧が原因でしょう。また戦国武将などは攻撃的な性格の人が多かったでしょうし、いつ命が狙われるかわからないという状況で夜もゆっくり寝ることができなかったでしょうから、武将は高血圧になりやすかったと思われます。

 血圧が高いことが病気と認識されたのは、血圧を測定できるようになってからのことです。戦国時代はもちろんのこと、江戸時代でも、高血圧のことは知りませんでした。さらに高血圧治療の概念が生まれたのは、塩分との関係が分かるようになってからです。

 しかし、例えば徳川家康は、自ら医学書を読み、薬を調合して飲んでいたといわれており、病気への知識が今ほどなかった時代でも、そうした健康管理が長生きにつながったと思われます。歴史物を読むときに、彼らの生活習慣を勉強すると、現代に活かせる知恵を学ぶことができるでしょう。

では現代の私たちは脳卒中を予防することが可能でしょうか。
 脳卒中の危険因子は、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症ですが、これらは食事や運動などの生活習慣でコントロールすることができます。最近、脳卒中の危険因子は認知症の危険因子でもあることが分かってきました。ですから、高血圧、糖尿病、高コレステロール血症をきっちり管理できれば、脳卒中も認知症も予防できるといえます。

 ただ脳卒中と認知症には大きな違いが1つあります。認知症は、多くの人が「年をとれば自分もなるかもしれない」と思っています。しかし脳卒中は、予兆がなく突然起こるため、「まさか自分がなるとは思っていない」人が多い。そのため脳卒中の予防が進まないのだと思います。

 脳卒中の予防には、禁煙も含め、生活習慣を見直すことが大切です。また、発症したときは早期の対応が非常に重要になります。脳梗塞の場合、発症から3時間以内に、t-PA(組織プラスミノーゲン活性化因子)による血栓溶解療法を行えば回復が可能です。




脳卒中協会和歌山県支部では、どのような取り組みをされていますか。

 公開講演会など、脳卒中予防の啓発活動を進めています。脳卒中の地域連携クリティカルパス(以下、連携パス)も、保険収載ができるようになった3年前から始めています。和歌山県は医科大学が1つしかありませんので、結束力が強く、県下統一の連携パスができており、最近では無床の診療所も連携パスに入っています。

 和歌山県の脳卒中患者は全国でも多いほうでしたが、現在では死亡率が減っています。t-PA治療が普及し、ヘリコプターで発症3時間以内に患者を搬送できるようになってきました。また和歌山県は全国的にもステントを用いた脳血管内治療の症例数が多く、脳神経外科治療に力を入れています。

今後の課題についてもお教えください。

 一般に、脳卒中などの講演会に参加する人は健康への関心が高く、日常生活でも気をつけている人が多いと思います。問題は、参加していない人にどのように啓発するかです。誤った健康情報も多いですから、我々医師は正しい情報をもっと積極的に提供しなくてはいけないと思っています。

 和歌山は江戸時代までは支配された歴史が少ないこともあり、県民性としては素直で医師への信頼感も高いと思います。脳卒中は、認知症やがんに比べてなかなか予防が進みませんが、今後も予防の大切さを繰り返し伝えていきたいと思います。

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