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脳卒中インタビュー

磯博康・大阪大学大学院教授

磯博康・大阪大学大学院医学系研究科
公衆衛生学教室・教授に聞く

生活習慣を見直して脳卒中を予防する
—食事、飲酒、喫煙からの注意

( 2016/02/26 )

磯 博康(いそ・ひろやす)

1982年筑波大学医学専門学群卒業。86年同大学院医学研究科博士課程環境生態系専攻修了。米国ミネソタ大学研究員、大阪成人病センター技術吏員を経て、90年筑波大学社会医学系講師。02年同大学教授。05年大阪大学大学院医学系研究科教授。日本疫学会理事長。日本公衆衛生学会理事。

ポイント

  • 塩分の取り過ぎは脳卒中のリスクを上げます。一方で乳製品中のカルシウムや果物に多く含まれるカリウムはリスクを下げます。
  • 1日3合以上の日本酒の摂取は男性の脳卒中のリスクを2倍に上げます。また女性では、1日に日本酒2合以上の飲酒が脳卒中のリスクを1.5~2倍に上げます。日本酒換算で3合(1合は3単位)を各種アルコールに換算するとビール中びん1本(500ml)、ウイスキーはダブル1杯(60ml)、焼酎0.6合(110ml)に相当します。しかし1日1合(3単位)未満の飲酒は脳卒中のリスクを下げる傾向に働きます。
  • 喫煙はクモ膜下出血、虚血性脳卒中を増やし、発症リスクを2~3倍にします。禁煙すると脳卒中の発症リスクは減少しますが、効果が現れるには2~4年を要します。

 日本は世界屈指の長寿国ですが、その背景には生活習慣や栄養状態の変化に伴い、脳卒中と心臓病が減少したことが挙げられます。疫学研究を通じて様々な政策提言を続けている大阪大学大学院教授の磯博康先生に、生活習慣をどのように見なおしていくことが脳卒中の予防につながるのかを伺いました。

脳血管から見た脳卒中の予防

脳卒中は日本人の主要な死因の1つです。しかし戦後は減少してきたと言われています。その理由は何でしょうか。

 日本人の脳卒中の年齢調整死亡率は1960年代をピークに大きく減少しています。その理由は食生活における減塩の重要性が浸透してきたこと、生鮮食料品の摂取の増加、肉体労働の軽減、健診による高血圧の早期発見と治療、公衆衛生活動の効果などが挙げられています。また日本人でもともと少なかった心筋梗塞などの虚血性心疾患の死亡率もさらに低下しています。米国でも脳卒中の発症は減少しましたが、その代わり虚血性心疾患の死亡はいまだ死因の第1位を占めています。日本はそのようなことは見られず、その結果、長寿世界一なのだということができます。

日本人の脳卒中にはどのような特徴がありますか。

 脳卒中と一口で言っても、太い血管が傷つく場合と細い血管が傷つく場合とがあります。米国人は太い動脈の梗塞が多く、脳のより広い部分がダメージを受ける傾向があります。その結果、予後も悪い。一方日本人の場合、愛媛大学の小西正光先生が発見されたのですが、細い動脈(小動脈)の硬化による脳内出血や脳梗塞が多いという傾向があります。脳梗塞に関してはラクナ梗塞と呼ばれ、一般に太い動脈の梗塞よりも予後が良く、発症後の治療やリハビリテーションなどで回復する可能性も高い脳卒中です。

そうした傾向を踏まえて日本人が用心すべきことはどのようなことでしょうか。

 太い血管が詰まる脳梗塞に関しては脂質異常(高いコレステロール値など)に注意する必要がありますが、日本人に多く見られる小動脈硬化は高血圧の予防や管理が必須です。私たちの研究で、肥満はなくても高血圧、高血糖、脂質異常のうち2つが認められる場合、脳卒中や虚血性心疾患の発症リスクが高くなることが分かっています。特に最も大きな影響を持つのが高血圧です。実際に健診によって高血圧を早期に発見し、生活習慣を改善し、医療機関において適切な降圧治療を受けることによって、脳卒中の発症が予防できることが証明されています。

脳卒中予防と栄養の関係

脳卒中の発症率に栄養が関係するという研究成果を、磯先生は報告されていますね。
 脳卒中の予防を考える際には高血圧の予防や治療は必須です。食塩の過剰で長期的な摂取の影響にはきわめて大きいものがあります。58,730人を対象にした調査では、食塩摂取量を5分位(5段階)に分けたところ、最も少ないグループに対して最も多く食塩を取るグループの脳卒中発生率は1.5倍以上になりました。一方でカリウムを多く取っている人のグループは20%近く発症リスクが低い。つまり、食塩を控えつつ、カリウムを多く含む野菜や果物を摂取することが推奨されます。またカルシウムを多く取ることも大切です。
カルシウムを効率的に摂る方法は何でしょうか。

 カルシウムというと一般に小魚の摂取が強調されています。ところが小魚のカルシウムは人体への吸収率があまりよくありません。一方で乳製品のカルシウムは吸収されやすいので、牛乳などの乳製品から摂るとよいでしょう。肉類に含まれる飽和脂肪酸も我々の研究から脳出血(深部脳出血)のリスクを下げる方向に働くことが分かっています。ただし、飽和脂肪酸を多く摂ると心筋梗塞の発症リスクを上げますので、その兼ね合いが大切になります。
 ジュースや清涼飲料などソフトドリンクについては脳梗塞の発症リスクを調べた研究があります。これには男女差があり、男性には目立った関係がないのですが、女性の場合は「ほぼ毎日飲む」人は「ほとんど飲まない」人の1.83倍で発症リスクが高いことが示されています。




適正な飲酒とは

飲酒習慣はどうでしょうか。
 飲酒は控えめに取れば薬になりますが、過ぎれば毒です。アルコールにして300~449g/週以上飲むと、脳卒中の発症リスクが上がります。飲酒が増えても脳梗塞の発症率にあまり変化はありませんが、脳出血は飲酒量に比例して上がります。例えば、脳出血の発生率は時々飲む人に比べ1日3合以上飲む人では約2倍になります。また、過度な飲酒によって睡眠時間が短くなる場合は注意が必要です。睡眠不足と飲酒が重なると出血性脳卒中の死亡リスクが高くなるというデータもあります。
喫煙習慣はどうでしょうか。
 喫煙は高血圧に次ぐ、脳卒中のリスク因子です。特にクモ膜下出血や脳梗塞の発症率を上げます。発症率は非喫煙者に比べ2~3倍に達します。禁煙すると発症率は低下しますが、非喫煙者のレベルにまで下がるには約2年が必要になります。
以上の研究結果を総合すると日々の生活にどのような点に気をつければいいのでしょうか。
 食塩摂取を控え、野菜、果物、乳製品を十分に摂り、日々のアルコールは日本酒換算で男性では2合以下、女性では1合以下、タバコは吸わず、BMIで21~25㎏/m2の間に、睡眠時間は毎日6~7時間は欲しいところです。

参考:BMI = 体重(kg) ÷ {身長(m)}2
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