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脳卒中の今

血栓を溶かすのではなく、かき出す血管内治療 ( 2012/12/20 )

 脳梗塞は、動脈が詰まることによって血液が流れなくなり、脳に酸素や栄養などが届かなくなって脳細胞が死んでしまう病気です。この動脈を塞いでいるもの(血栓)を溶かして、血液が再び流れるようにするのが、「血栓溶解療法」です。この血栓を溶かすために静脈に注射する薬剤の1つが「組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)」です。t-PAは、2005年10月に承認を受け、日本でも治療が受けられるようになりました。しかし、t-PAは効果が見られなかったり(無効)、条件に当てはまらず、治療に使えなかったりする(適応外)といった例もあります。そのような患者に対して、血栓を溶かすのではなく、物理的にかき出す「血管内治療」という方法も実用化されています。今回は、血管内治療に用いられる新しい医療機器(デバイス)について分かりやすく説明します。

 脳細胞は血流が止まって壊死すると、その部分の脳の働きを元に戻すことができなくなります。脳細胞が死ぬ前に血液の流れを正常に戻せればよいのですが、それが可能な時間は3時間から、せいぜい6時間以内と考えられています。そのため、できるだけ早期に治療を開始する必要があります。

 発作が起こってから長い時間が経過して、脳細胞や血管が傷んでしまった後にt-PAを使用しても、効果がないだけでなく、逆に正常な部位で脳内出血を起こしてしまい、悪化する可能性さえあります。また、t-PAは全身に作用するため、出血しやすい箇所があると、そこから出血するリスクがあります。そのため、t-PAが無効もしくは適応外となる脳梗塞患者に対して、血栓回収用デバイスを用いた血管内治療が実施されています。

松丸祐司氏

虎の門病院 脳神経血管内治療科で脳卒中の治療と予防に取り組む松丸祐司部長

実用化されている2つの血栓回収用デバイス

 現在、国内には2つの血栓回収用デバイスが実用化されています。国内で最初に実用化されたのは「Merci(メルシー)リトリーバーシステム」で、2010年10月に保険収載されました。これはデバイス先端の針金に血栓をからめて取り除くものです(図1参照)。

 2つ目の血栓回収用デバイス「Penumbra(ペナンブラ)システム」は、11年6月に薬事承認され、同年10月に保険収載されました。こちらは血栓をポンプで吸い取って取り除きます(図2参照)。この2つのデバイスは、原則t-PAが無効もしくは適応外で、発症から8時間以内の脳梗塞患者が対象となります。t-PAは、脳梗塞急性期の標準治療ですが、推奨投与時間は発症後4.5時間までと制限されています。そのため、発症からある程度時間が経過した患者には投与できないという問題があります。また、梗塞が生じた脳の部位によりt-PAの効きやすさに差があることも明らかになってきています。t-PAを投与しても血流が再開しない患者も、これらの新しいデバイスで救うことができる可能性があります。
図1●Merciリトリーバーシステムによる治療の概要
Merciリトリーバーシステムによる治療の概要

プラチナ合金からなるらせん状のループワイヤを梗塞部位で展開し、血栓をからめ取り回収する。ループワイヤと共に展開されるポリプロピレン製のフィラメントにより、血栓の回収効率が高まるという。日本では、ループ部分の大きさが異なる4種類が承認されており、ループの直径は2.0~3.0mm、長さは5.0~7.0mm(写真提供:センチュリーメディカル)

図2●Penumbraシステムによる治療の概要
Penumbraシステムによる治療の概要

吸引力の強いポンプに接続されたカテーテル(リパーフュージョンカテーテル)で血栓を吸引、回収する。先端が膨らんでいるセパレーターをカテーテルの中に出し入れしながら吸引する。カテーテルの直径が異なる複数種類が厚生労働省に承認申請されている。閉塞が生じた動脈部位により、異なる直径のカテーテルを使い分ける(写真提供:メディコスヒラタ)

 医薬品や医療機器は、安全性と有効性の確認のための臨床試験を経て承認されます。また市販された後も、画期的な新薬や治療デバイスの場合、安全性に関する情報収集を追加で行う「市販後安全性使用情報収集事業」が実施されます。

 Penumbraシステムは今年、この市販後安全性使用情報収集事業を終えました。この事業は、11年10月から12年3月までに神戸市立医療センター中央市民病院と東京の虎の門病院が参加して行われ、10人の患者に対して安全性の確認が行われました。このうち1人を除き、機器の不具合や関連した健康被害は認めませんでした。その1人の患者についても、予後への影響はなかったそうです。

新しい血管内治療デバイスの登場

 虎の門病院脳神経血管内治療科の松丸祐司部長(写真)は、これらのデバイスについて、「2つのデバイスは異なる特徴を持っているので、患者さんの状態に合わせて使い分けています」と説明します。現在日本では、年間合計1000~2000人ほどの患者が、この2つのデバイスのいずれかで血管内治療を受けているそうです。

 さらに松丸部長は、「今後数年の間にさらに新たな治療用デバイスが国内に登場するだろう」と予想します。海外では、これら2つのデバイス以外にも、様々な血栓回収用のデバイスが開発されているからです。海外で特に注目されているのが、「Solitaire(ソリテア)」と「Trevo(トレボ)」というデバイスです。これらはどちらもステント型(筒型)の血栓回収装置で、ステントの網で血栓をからめながら取り除きます(図3参照)。

 海外で行われたSolitaireの臨床試験では、血栓が取れて血液が再び流れるようになる再開通率(症候性出血なし)がMerciリトリーバーシステムと比較して高い(60.7% 対 24.1%)という結果が出ました。これは統計的に見ても意味があるということです。また、Solitaireで治療した場合、Merciリトリーバーシステムよりも生存率が高いという結果も出ています。Trevoに関しても、Merciリトリーバーシステムと比較した臨床試験が実施され、Merciリトリーバーシステムよりも有意に良好な結果が報告されています。

図3●脳血栓回収デバイス
脳血栓回収デバイス

カテーテルを血栓の近くまで挿入し、ステントで血栓を覆う形で展開。ステントの網目でからめ取る形で、血栓を回収する。ステントを展開した時点で、ある程度の血流が再開通する


 これら新しいデバイスは、国内で実用化されているデバイスよりも治療成績が良いのですが、国内ではまだ承認申請もされておらず、日本での実用化はまだまだ先になりそうです。松丸部長は、「これらのデバイスの登場が待ち望まれる」と期待を込めます。

血管内治療の専門医の不足が課題

 デバイスを用いた血管内治療は、t-PAが無効もしくは適応外の患者に活用できることから、死亡リスクの高い脳梗塞患者を救える治療法として期待されています。ただし、これらの治療は、腿の血管から挿入したデバイスを、頭蓋内で梗塞を生じた血管まで挿入した上で行われるもので、血管を傷つけてしまうリスクが常に伴い、訓練を受けた専門医しか治療を実施することができません。

 松丸部長は、「体制の整備が一番難しい」と話します。例えば、Merciリトリーバーシステムによる治療の実施条件は、日本脳神経血管内治療学会専門医またはそれに準ずる経験を有する医師とされています。しかし、同学会の専門医数は全国で753人と少ないのです(2012年9月1日現在)。松丸部長は、「血管内治療は、2人以上の専門医がいる状態で実施することが望ましい」といいますが、現実には血管内治療の専門医が複数所属し、かつ24時間治療可能な医療機関は「全国でも非常に限定される」(松丸部長)のです。

 米国では、t-PA療法と血管内治療が可能な包括的脳卒中診療センターと、t-PA療法のみを行う病院の役割分担ができています。患者の状態に合わせて、t-PA療法開始後に患者をセンターに搬送する場合もあるようです。今後日本でも、数少ない血管内治療医が効率的に治療を行えるよう、医療機関の機能分化が必要になるでしょう。

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