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脳卒中の今

岩手県民に脳卒中の正しい理解と予防を呼びかけるセミナーを開催 ( 2014/04/25 )

 2014年3月2日、岩手県民情報交流センター(盛岡市)にて、公益社団法人日本脳卒中協会と三井住友海上あいおい生命との共同開催による岩手県脳卒中セミナー「知っておきたい!脳卒中は防げる、治せる」が開催されました。当初は11年3月13日の予定でしたが、東日本大震災の影響で延期。3年ぶりに開かれた今回、会場には脳卒中に関心を持つたくさんの県民が集まりました。岩手県でも震災で多くの尊い命が失われただけに、「健康に生活することの大切さ」をあらためて認識する感慨深いセミナーとなりました。

脳卒中の前兆を放置しないで、自分の状況を知っておく

 第1部は「知っておきたい!脳卒中は防げる、治せる」というテーマで、2つの講演が行われました。最初の演者は、(公社)日本脳卒中協会岩手県支部長で岩手医科大学神経内科・老年科の寺山靖夫教授。脳卒中(脳血管障害)の中から、脳の血管が詰まる「脳梗塞」について講演されました。

 70年以降、日本では脳卒中全体の患者数は減っているにもかかわらず、脳梗塞は年々増えています。脳梗塞は脳出血などと同じで、ひとたび大きな発作を起こすと、障害が残ることが少なくありません。65歳以上の高齢者が発症した場合は、半数以上が寝たきりになっています。特に近年は少子高齢化が進んで、現役世代1人で何人もの高齢者を支えなければならなくなっており、寝たきりになっても介護の手が回らない可能性もあります。

「脳卒中は人生を一変させるので、どんな前兆も見逃さないで」と力説する寺山靖夫教授

「脳卒中は人生を一変させるので、どんな前兆も見逃さないで」と力説する寺山靖夫教授

 「脳梗塞は生命と生活を脅かす緊急事態。なったその日から仕事や趣味も含めあらゆるものがゼロになってしまいます。発症しないようにすることが大事なのです」と話す寺山教授がキーワードとして揚げているのが『TIA(一過性脳虚血発作)』。本格的な発作を起こす前に、一時的に現れる麻痺やしびれといった前兆で、脳梗塞患者の7割はTIAを体験しています。症状が出ている時、血管は詰まっているのですが、詰りが取れて元に戻ると、安心して放置してしまう人が少なくありません。寺山教授は「一度詰まると、また詰まって大きな発作を起こす可能性が高い。前兆を感じた時点で病院に行けば、重症化しないで済みます。急に片足に力が入らなくなったが5分で回復したとか、タクシーに乗って行き先を告げようとしたら一瞬言葉が出てこなかったなどということがあったら、必ず受診してください」と呼びかけました。

 脳梗塞は、脳だけでなく、全身の血管の病気という認識を持つことも重要です。脳の血管が詰まるということは、全身の血管が動脈硬化で詰まりやすい状態。心筋梗塞や狭心症、PDA(動脈管開存症)といった、血管の病気にもなりやすいということだからなのです。

 血管は加齢とともに少しずつ硬くなりますが、高血圧や糖尿病、脂質異常症で血管に負担をかけることでも動脈硬化が進行します。また、こうした疾患があると心房細動を発症しやすく、心房細動によって血栓が発生し、脳梗塞を引き起こす可能性もあります。

 「高血圧は不摂生の結果というイメージが強いため、周囲に高血圧であることを隠そうとして、隠れて降圧剤を飲んでいる人もいるようです。しかし不摂生でなくても55歳を過ぎれば9割の人は血圧が上昇します。これからは堂々と人前で降圧剤を飲んでください」(寺山教授)。

 さらに寺山教授は「体重や血圧、飲んでいる薬の内容など、ふだんから自分の健康にかかわる情報を知っておくことは脳梗塞を防ぐうえでとても重要」と付け加えました。

高血圧は脳出血でも危険因子、命は助かっても後遺症

寺山教授に続き、(公社)日本脳卒中協会岩手県副支部長を務める岩手医科大学・脳神経外科の小笠原邦昭教授が、脳の血管が破れる疾患について講演されました。

 脳の血管が破れる疾患は、脳内出血とくも膜下出血の2つがあり、その原因は大きく異なります。まず脳内出血は脳の深い位置にある血管が破れて脳の中に出血する病気で、脳梗塞のTIAのような前兆はなく、突然片側の手足の力が抜ける、ろれつが回らなくなる、といった症状が現れます。後ろからそっと近付いてブスッと刺されるようなもので、サイレントキラーとも呼ばれています。小笠原教授は「脳内出血を起こした場合は、内視鏡で出血箇所を特定し、出血を吸い出す手術をしますが、命は助かっても壊れた脳の機能は戻ることはなく、後遺症が出てしまいます。脳梗塞と同様、発症すると大変な病気ですから、病気になること自体、避けなければなりません」と予防の大切さを訴えました。脳出血の主な危険因子は高血圧ですが、さらにたばこや過量のアルコールもリスクを高める可能性が指摘されています。脳梗塞同様、脳出血の予防において血圧のコントロールは重要と言えるでしょう。

 一方、くも膜下出血は脳動脈瘤が破れて脳の表面に出血しますが、脳自体が壊れるわけではありません。高血圧とは関連はなく、生まれつきあった動脈瘤が破れると言われており、不摂生が原因ではありません。

 後ろからハンマーで殴られたかのような、突然始まる激しい頭痛が特徴で、破裂によって不整脈が起こって心臓が止まり、突然死を起こすこともあります。破裂後48時間以内は再破裂を起こしやすく、最初の破裂時の死亡率は3分の1、2回目で半数、3回目になるとほぼ全員死亡します。そのため再破裂を防ぐ処置が主な治療になり、症状が軽ければ社会復帰することが可能とのことです。
脳出血の恐ろしさや予防の大切さについて講演する小笠原邦昭教授

脳出血の恐ろしさや予防の大切さについて講演する小笠原邦昭教授

 脳ドッグなどで脳動脈瘤が破裂する前に見つけて処置したいところですが、脳動脈瘤を持っている人は日本人の5%前後、破裂する確率はそのうち1%ほどです。破裂した場合の死亡率は約25%ですが、特に症状が出ていない未破裂動脈瘤を予防的に手術しようとすると、位置などによっては後遺症が残るリスクもあるそうです。未破裂動脈瘤を処置するかどうかは慎重に判断する必要があり、小笠原教授は「安全に治療できる場合のみ、治療するのが基本」といいます。脳ドッグの役割は重要で、小笠原教授はいい医師の見分け方について「受診結果が郵送されてくる脳ドッグもありますが、やはりきちんとした説明が必要です。特に異常が見つかった場合はどうすればいいのか、最善の策を検討して丁寧に説明してくれる医療機関、医師を選びましょう」とアドバイスします。


元患者の貴重な体験談「もっと脳卒中を知ってほしい」

 第2部は、寺山教授と脳梗塞体験者の対談です。体験者として登場したのは、三井住友海上あいおい生命保険・営業推進部次長の川勝弘之さん。川勝さんは今から10年前の04年9月、48歳の時に脳卒中で倒れました。

 寺山教授が投げかける質問に答える形で川勝さんから語られた、それまでの生活習慣、症状の現れ方、それに対する対応、治療、リハビリ、職場復帰、そして現在に至るまでの体験談や、脳卒中になったことでかかる意外なお金などの情報は、大いに参考になるものでした。

第2部の対談では、寺山教授が脳卒中体験者の川勝弘之さんに質問を投げかけた

第2部の対談では、寺山教授が脳卒中体験者の川勝弘之さんに質問を投げかけた

 川勝さんからは寺山教授ら医療者に対して「患者はリハビリの仕組みや得られる効果などを教えてもらわないと、患者の治療へのモチベーションが上がらない」といった注文も。さらに、脳卒中予防の啓発活動を続けてきた川勝さんは「多くの人に、脳卒中という病気や患者のことについてもっと知ってほしい」と訴えました。

脳卒中を起こした時の状況やリハビリについて話す川勝弘之さん。一見しただけではわからない後遺症があり、工夫しながら生活しているという

脳卒中を起こした時の状況やリハビリについて話す川勝弘之さん。一見しただけではわからない後遺症があり、工夫しながら生活しているという

 対談後の質疑応答では、会場の参加者からの「どうやってここまで回復できたのか」「家族は患者に対してどう接すればいいのか」という質問に対し、川勝さんは「周りに家族がいる時に倒れるなど、とにかく運が良かった。また会社の同僚も理解があって、ストレスなく療養することができました」と回答しました。

 「病気になってもやりたいことをやる、というのが精神衛生上一番いい。周りで見守る家族は心配で、ついブレーキをかけてしまいますが、できるかぎり本人がやりたいことを妨げないようにしてください」。川勝さんがこう締めくくると、会場からは大きな拍手が送られました。

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