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脳卒中インタビュー

岡田靖・日本脳卒中協会福岡県支部長

岡田靖・日本脳卒中協会福岡県支部長
(国立病院機構九州医療センター臨床研究センター長)に聞く

予防の最終段階「崖っぷち警報」で発症を防ぐ

( 2012/05/23 )

岡田靖(おかだ・やすし)

1957年生まれ。82年九州大学医学部卒業。国立循環器病センターレジデント、米国スクリプス研究所客員研究員、94年国立病院九州医療センター脳血管内科医長、04年国立病院機構九州医療センター統括診療部長を経て、10年より同センター臨床研究センター長。日本脳卒中学会幹事、日本脳卒中協会福岡県支部長、福岡市医師会脳卒中連携パスワーキンググループ代表

 ある日突然発症し、後遺症を残すこともある脳卒中。リハビリが必要になり、また社会復帰が難しくなると、本人のみならず家族にも大きな負担がかかります。高齢化社会を迎えた日本では、脳卒中の患者数は年々増加しており、今後もその傾向は続くことが予想されています。元気な人を突然襲う脳卒中ですが、医学の進歩により、早期発見できれば後遺症を軽症で食い止めることができるようになりました。生活習慣を改善することは予防につながります。早期発見や予防の大切さについて、社団法人日本脳卒中協会福岡県支部長で、国立病院機構九州医療センター臨床研究センター長の岡田靖先生にお話を伺いました。

「崖っぷち警報」という言葉を使って、脳卒中予防を呼び掛けておられます。

 脳梗塞は、発症する前に前触れとなる症状を起こしていることが少なくありません。「顔がゆがんで口元がしびれる」「片腕の力がだらんとぬける」「舌がもつれてろれつが回らない、言葉が出ない」などの症状で、これらは一過性脳虚血発作(TIA)と呼ばれています。

 これらの症状は、脳梗塞を発症する前の最終段階であることから「崖っぷち警報」と呼んで、早急な対応が必要だということを呼び掛けています。これまでのデータから、TIAが起こった場合、90日以内に脳梗塞を発症する人の割合は6人に1人、10〜15%を占めていることが分かっています。しかも、よく調べてみると、そのうちの半数が2日以内に脳梗塞を発症しています。

 TIAを見逃さず、この段階で適切な治療を受けることで、脳梗塞の発症を防ぐことができます。また万が一、脳梗塞を起こしたとしても、麻痺などの後遺症を最小限に抑えることができるのです。

 小渕恵三さんが首相時代、夜に開いた記者会見で数十秒ほど言葉を失った映像を記憶している人もいると思います。ご存じのように、その日の夜中に脳梗塞を起こしました。TIAの症状が出たら、ためらわずに救急車を至急呼んでほしいのですが、「疲れてるからじゃないか」とか、「しばらくすれば治るだろう」と、安易に考えてそのまま放置している人が少なくありません。

 米国では、顔や腕や言葉に異変を感じたら一刻も早く専門病院を受診しましょうという「ACT FAST運動」が普及しています。Fは顔(face)、Aは腕(arm)、Sは言葉(speech)、Tは時間(time)を意味しています。日本でも「顔・腕・言葉で救急車」というフレーズで予防救急の最終段階である「崖っぷち状態」を見逃さないよう、市民に向けた啓発活動を展開しているところです。

脳卒中予防の5つのステップとはどんなものでしょうか。

 脳卒中の予防には「ゼロ次予防」から「2次予防」まで全部で5つのステップがあり「脳卒中の5段階」と呼んでいます。最も早い段階の「ゼロ次予防」は、若い頃からの良い生活習慣の維持です。その次は高血圧や糖尿病などになった人の治療を行う1次予防です。これらの病気は、いずれも動脈硬化を起こしたり、進行させたりする脳卒中の危険因子となります。

 1次予防から、さらに進んだ状態が1.5次予防です。この段階になると、動脈硬化で見られる白い点状の「白質病変」が、脳のあちこちにみられるようになり、首や脳の血管はかなり細くなっている状態です。そのため、1.5次予防では、1次予防に加えて脳や首の血管、あるいは心臓の血管の定期検査を行って経過を観察します。2次予防は、発作が起きた後の再発予防になりますが、2次予防と1.5次予防の間にあるのが「崖っぷち警報」です。

 脳卒中は日常の生活習慣と深く関係しているため、両親のどちらかに脳卒中の既往がある場合には、若い頃から注意が必要になります。というのも、家族では食生活や生活習慣が同じなので、知らず知らずのうちに食事の味付けが濃くなっていたり、悪い生活習慣が身についていたりするからです。特に、両親ともに糖尿病という場合には75%の人が糖尿病に罹患して脳卒中を発症する危険も高くなるため、30〜40代くらいから気をつけたほうがいいでしょう。

福岡県支部ではユニークな取り組みをされているそうですね。
 福岡県支部では市民への啓発活動として、市民公開講座のほか、啓発のためのパンフレット作りなどに取り組んでいます。また日本脳卒中協会本部の中に「啓発動画制作班」という組織があり、啓発のためのビデオ制作などにも力を入れています。啓発ビデオでは、役者さんに脳卒中が発症したときの状態などを演じてもらって制作、収録しています。今年は初の試みとして、制作した映像を福岡のサッカー場の掲示板に1分間ほど放映する予定です。予防は早ければ早いほど良いので、若い人たちにも関心を持ってもらえればと期待しているところです。

 そのほかにも、福岡市消防局と連携して勉強会を開いたり、啓発用のパンフレットを作ったりしています。このパンフレットは、福岡県支部のホームページからもダウンロードできるようになっていますが、現在までおよそ8万部近くを福岡市民に配布しています。福岡市は150万人都市ですから、人口の約5%に配ったことになります。

 脳卒中は時間との戦いです。発作はある日突然に起こりますが、それまでは特に症状が出るわけでもないので、危機感のない人がほとんどです。TIAを見逃さないことが大切で、症状のない人にいかに関心を持ってもらえるかが大きな課題です。リスクのある人は、日頃から発作が起きたときの対応などについて家族とも話をしておくことが大切です。




脳卒中の経済的影響も見逃せません。

日本の医療費に占める脳卒中(脳血管障害)の割合は約7.1%、金額にすると1.7兆円で、循環器疾患のおよそ3倍と言われています。循環器疾患との大きな違いは、脳卒中で麻痺などの後遺症が残った場合、長期の入院やリハビリが必要になるということです。そうなると、医療費に加えて生活費の負担も増えます。その上、介護も必要になり、これまで元気で活躍していた人が、急に世話をされる立場になってしまうとがっくりと落ち込んで、うつ状態に陥る人も少なくありません。

 脳卒中は、「脳梗塞」「脳内出血」「くも膜下出血」の3つの疾患の総称で、患者数の4分の3、脳卒中の死因では3分の2を占めているのが脳梗塞です。脳出血やくも膜下出血は脳の血管が破裂する病気で、若い人に多く見られます。プロ野球選手の木村拓也さんがこのタイプでした。脳梗塞は、動脈硬化などが原因となって脳の血管が詰まって起こるもので、通常は高齢者に多く発症する病気です。

 脳卒中で死亡する人は減少していますが、患者数は増加傾向にあり、毎年29万人が新たに脳卒中と診断されているのが現状です。高齢者の病気というイメージがある脳卒中ですが、最近は50代くらいの中高年で発症するケースも増えています。生活習慣の乱れや不況など経済状況の悪化の影響からか、定期的な受診がおろそかになるようで、中高年者の脳出血も増えている印象を受けます。

 患者さんの負担を考えると、精神面とともに経済面においても、発症を防ぐことにこしたことはありません。早期発見、そして予防の大切さをさらに伝えていきたいと思っています。

今後の取り組みについてお聞かせください。

 病院内のチーム体制は整いつつありますので、今後は院外の体制づくりに取り組みたいと思っています。

 医療機関では、診療情報管理士や医療事務の補助員などさまざまな職種の人が増えています。医師単独ではなく、看護師や薬剤師、そして院外の皆さんとの連携も必要になります。これからは、このネットワークを活用しながら、専門分野の医師たちが地域で幅広く交流できるようなシステムを構築したいと考えています。

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