三重大学大学院医学系研究科神経病態内科学教授
冨本秀和先生に聞く
( 2019/09/20 )
冨本秀和(とみもと・ひでかず)
ポイント
脳血管障害が原因で起こる「血管性認知症」は、認知症全体の約2割を占めています。生活習慣の改善や高血圧の治療など、脳卒中の予防が血管性認知症の予防に直結します。血管性認知症の原因や予防法について、三重大学大学院医学系研究科神経病態内科学教授・冨本秀和先生に伺いました。
血管性認知症とは、脳血管障害に伴って認知機能が低下する結果、生活・社会・職業的な機能遂行に支障が生じるものです。脳血管障害の中には、脳卒中(脳梗塞・脳出血・くも膜下出血)のほかに、無症候性脳梗塞も含まれます。つまり、脳卒中発作を伴わず、徐々に進行することもあります。
血管性認知症は、まず脳の血液循環に変化が起こり、2次的に神経細胞が障害されるという点で、アルツハイマー病など他の神経変性性認知症とは根本的に異なります。
ただ、実際には血管性認知症とアルツハイマー病はかなり高い確率で合併します。一般的には、認知症のうち、アルツハイマー病が約6割、血管性認知症が約2割と言われますが、より厳密には「混合型認知症」が最も多いという見方もあります。
起こり方は大きく分けて2通りあります。一つは、大脳皮質領域(脳表面に近い部分)を中心に大小の梗塞が多発する「多発梗塞性認知症」です。血管が硬くなった場所が脳のあちこちにできて、脳の梗塞体積が全体の約4%以上(50ml以上)を占めるようになると、認知症の発症につながります。ただ、これは血管性認知症のうち2〜3割であることが分かってきました。
もう一つ、血管性認知症のうち約半数を占め、注目されているのが、脳の細い血管に生じる病理変化(脳小血管病変)による「脳小血管病性認知症」です。脳小血管病変の多くは高血圧が関係しており、白質病変(※1)、ラクナ梗塞(※2)、微小出血といったことが
また、脳小血管病性認知症の中には、脳血管にアミロイドが溜まる「脳アミロイド血管症」が、大脳皮質領域に起こる場合もあります。
脳小血管病性認知症の過半数は、明確な脳卒中発作の症状が出ないまま進みます。したがって、血管性認知症は脳血管障害の再発をきっかけに段階的に進行する場合もあれば、徐々に進行する場合もあります。また、少数ですが「Strategic single-infarct dementia(戦略的部位の単発梗塞による認知症)」といって、認知機能にとって重要な場所に梗塞が起きると、小さな梗塞でも一気に症状が進むこともあります。
※1 白質病変:脳に血液が十分にいきわたっていない状態がMRI画像で白い斑点として描出される
※2 ラクナ梗塞:脳の深い部分にできた直径1.5cm以下の梗塞
※3 穿通枝:脳の深い部分にある細い動脈
大きな特徴は、早くから運動機能障害が起こることです。発症して1〜2年で歩行が困難となり、比較的早期に寝たきりになるような場合は、血管性認知症を疑います。また、血管性認知症は障害される脳の部位によってさまざまな症状が表れます。例えば、脳小血管病性認知症の場合は、注意や実行機能(段取り能力)など前頭葉の機能障害が起こり、業務を同時に並行して進めるような仕事の段取りができなくなります。軽度な物忘れの症状は、認知症と気付かれにくいという問題点があります。
一方、アルツハイマー病は、記憶を司る海馬がある側頭葉から障害されるので、初期に物忘れが特徴的症状として起こり、進行すると失行・失語・失認(※4)などの皮質症状が表れ、10年近く経過すると運動機能障害が起こってくるというのが典型的な経過です。
※4 失行:麻痺はないが、日常の動作が困難になる症状
失語:聞く・話す・読む・書くといった言語機能が低下する症状
失認:目や耳や鼻などに異常はないが、物の位置などの認知が困難になる症状
血管性認知症はアパシー(意欲・自発性の低下)、不安・焦燥感が前面に現れて、元気のない印象になります。
アルツハイマー病では、初期に抑うつが起こる場合や、
※5 記銘力障害 新しいことを覚えておく力が低下する障害
臨床所見で運動機能障害の有無や認知症状・精神症状のあり方などから、血管性認知症あるいはアルツハイマー病の要素が強いということはおおよそ見当がつきます。そのうえで、画像検査(MRI)で診断します。血管性認知症の場合は脳血管病変が、アルツハイマー病は海馬の萎縮が見られます。
最近はより細かく分かるようになり、例えば、白質病変は脳小血管病性認知症だけでなくアルツハイマー病でも起こりますが、部位に違いがあります。脳小血管病性認知症では前頭葉に、アルツハイマー病では後頭葉に起こりやすいです。白質病変の程度は血管性認知症の方が強くなります。微小出血も同様で、多発梗塞性認知症の場合は
さらに、脳の血液循環が低下しているかどうかを調べる脳血流SPECT検査では、脳小血管病性認知症の場合は、まず前頭葉の血液循環が低下し、アルツハイマー病の場合にはアルツハイマー病の特異領域である後部帯状回、
基本的に脳循環が関係する認知症なので、一般的には高血圧の管理と、抗血栓薬による脳循環の維持を図ります。心原性脳塞栓症(※6)の場合には抗凝固薬を、非心原性脳梗塞(※7)の場合は抗血小板薬を使います。
もう一つが認知症の改善です。アルツハイマー病に使われている抗認知症薬(コリンエステラーゼ阻害薬、NMDA受容体拮抗薬)を適切に使うことが重要です。血管性認知症とアルツハイマー病は高い確率で合併していますので、少なくともアルツハイマー病の部分に有効ですし、大規模研究で血管性認知症そのものに抗認知症薬が有効であったというデータが複数あります。
※6 心原性脳塞栓症:心臓の心房内で出来た血栓が流れ出し、脳血管に詰まって脳梗塞を起こすもの。
※7 非心原性脳梗塞:心臓に原因がない脳梗塞。主に太い血管の動脈硬化が原因で起こるアテローム血栓性脳梗塞と、細い動脈が詰まるラクナ梗塞がある。
アルツハイマー病と血管性認知症は合併しやすく、臨床上は明確に峻別することは難しいのが実情です。アルツハイマー病の根本治療薬はまだありませんが、血管障害は治療も予防もできるため、最近は治療優先の立場から、血管性認知症のほか、血管性軽度認知障害、混合型認知症、脳卒中後認知症の4つを「血管性認知障害」として包括的に捉えて治療すべきという考えが強くなってきています。こうした考えが説得力を持つようになってきたのは、1990年代以降、アルツハイマー病に血管因子が大きく関係していることが分かってきたことも影響しています。現在、アルツハイマー病の危険因子としてあがっているのは、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満、喫煙など、脳卒中の危険因子そのものです。
なお、血管因子の中でも、特に最近は心房細動がトピックとなっています。心房細動があると脳梗塞を起こして(心原性脳塞栓症)、多発梗塞性認知症になると思われていましたが、脳卒中発作が起きなくても、加齢により脳の血管が硬くなると心房細動によって脳血液循環低下が起こり、それが認知症につながることが分かってきたのです。心房細動があると、認知症のリスクが1.3倍になると言われています。心原性脳塞栓症の予防という意味合いだけでなく、心房細動そのものが認知機能に影響する可能性についても、今後解明されていくと思われます。
まず、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満などの血管因子をコントロールすることです。喫煙はもっての外です。特に中年期の高血圧が認知症の発症に大きく影響することが分かっており、中年期の血圧管理(収縮期血圧120mmHg以下。ただし、太い動脈が狭くなっているなどの病変がない場合に限る)が求められます。認知症のうち、おそらく全体の約半数は脳血管障害が関係するため、脳血管障害を予防することが認知症予防の一番の近道と言えます。
脳卒中を起こした後は、脳卒中後認知症が約3割、脳卒中後うつが約3割、脳卒中後てんかんも数%起こると言われています。精神症状や自発性低下などを合併しないように、再発を予防し、早く異変に気付くことが大切です。中でも高齢者てんかんの4割近くは脳血管障害が原因なのですが、抗てんかん薬がよく効くため、きちんと見つけて治療することが重要です。震えを伴わず、もごもごしている、ぼーっとしているというてんかんの症状に気付かないまま放置していると、意識障害が繰り返し起こります。
脳卒中後うつに関しては、適切な薬(SSRI、SNRI)(※8)で対処します。家に閉じこもり、じっとしていると認知機能も低下し、生活習慣病の管理にも悪影響が生じます。ケアマネジャーに相談する、デイケアを活用するなど、生活の工夫も必要でしょう。活動範囲が狭くなるほど認知機能低下のリスクが上がります。できるだけ外出の機会を維持して、人との交流や活動範囲を広げていくよう心掛けましょう。
※8 SSRI:(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor )選択的セロトニン再取り込み阻害薬
SNRI:(Serotonin Noradrenaline Reuptake Inhibitor) セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬
血管性認知症の場合は、不安・焦燥感、抑うつが強いので、あまり刺激するような対応は望ましくありません。精神的に不安定にさせると周辺症状を悪くし、暴言・暴力など攻撃的な行動を取ることもあります。病気を理解して、できるだけ冷静に受け入れて支える気持ちで対応することが大切です。介護者の負担も大きいため、介護者支援、対応スキル、認知症そのものに対する理解を社会全体の課題として解決していかなければなりません。2019年6月に政府が決定した認知症施策推進大綱のキャッチフレーズは「共生」と「予防」です。当事者同士が支え合う「ピアサポート」や、正しい知識と理解を持って認知症の人を支える「認知症サポーター」の登録が1000万人を超えるなど、「認知症に優しい社会」を目指して社会のあり方を変えていこうという動きも広がってきています。