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脳卒中の今

「脳卒中治療ガイドライン2015[追補2019]」で変わる脳梗塞治療 ( 2020/03/19 )

 2019年に日本脳卒中学会の治療ガイドラインが改訂され、「脳卒中治療ガイドライン[追補2019]」が公開されました。これまで短時間に制限されていた脳梗塞急性期の血管内治療について、最長で24時間以内の治療が可能になりました。今回の改訂の内容について、脳卒中ガイドライン委員を務める、国立循環器病研究センター副院長・脳血管部門長の豊田一則先生に伺いました。

就眠中に起こった脳梗塞でもt-PAを使った血栓溶解療法が可能に

 「脳卒中治療ガイドライン」は、最新の知見を反映して2年ごとの小改訂と6年ごとの大改訂が行われます。2019年の小改訂で加えられた大きな変更点は2つあり、1つは、脳梗塞急性期にt-PA(組織プラスミノゲン・アクティベータ)という薬剤を投与することによって血栓を溶かす「血栓溶解療法」の適応です。

 ヒトの血液中には、もともと血栓を溶かす成分がごく微量含まれていますが、 大きな血栓に対する作用には限界があるため、薬を投与することで作用を高めて血栓を溶かします。ただし、このt-PAは血栓を溶かす力が強いため、副作用として出血合併症が起こる可能性があります。特に脳梗塞急性期は、神経細胞がダメージを受けてもろくなっているため、2次的な頭蓋内出血に注意する必要があります。そのため、t-PAは発症から4.5時間以内に投与する、また、4.5時間以内でもCT・MRI画像で一定の割合以上の梗塞が認められる場合は投与しないという厳しいルールが定められています。

 このルールの中では、就眠中に脳梗塞を発症し、朝、目が覚めたら麻痺などを起こしていたケース(wake-up stroke)など、いつ発症したかがはっきりしない場合は、たとえ画像検査などで発症後間もないと推測できる場合でも、t-PAを投与できません。wake-up strokeに対してt-PAを投与するためには、発症からの経過時間が短時間であり安全に投与できるということを証明することが必要です。この判定の鍵はMRI画像の撮影方法にあります。MRI画像で最も早く、虚血が起こってから30分以内に変化を描出できるのは「DWI(Diffusion Weighted Imaging)」と呼ばれる拡散強調画像です。その次に4〜6時間で描出できるのは「FLAIR (fluid-attenuated inversion recovery)」という画像です。DWIでは脳梗塞が見られるが、FLAIRでは描出されないというミスマッチがある場合、おそらく4.5時間以内の発症だと判断できます。

国立循環器病研究センター副院長・脳血管部門長の豊田一則先生

国立循環器病研究センター副院長・脳血管部門長の豊田一則先生


■DWIとFLAIRのミスマッチの例

DWIとFLAIRのミスマッチの例

写真左:「DWIとFLAIRミスマッチあり」の場合、DWIでは虚血性変化が描出できたが、FLAIRでは描出されていない。この場合、脳梗塞発症からおよそ4.5時間以内であると判断できる。

写真右:「DWIとFLAIRミスマッチなし」の場合、FLAIRでも虚血性変化が描出が確認できるため、脳梗塞発症から4.5時間以上たっていると判断できる。

 欧州で行われた臨床試験で、「DWIとFLAIRのミスマッチが認められた患者さんに対してt-PA治療の効果が認められた」という結果が2018年に発表されました。これを受け、今回、日本でもガイドラインを変更し、「DWIで見られる虚血性変化がFLAIRで明瞭でない場合には、発症4.5時間以内の可能性が高い。このような症例にt-PAを投与することを考慮しても良い」という旨の記述が加えられました。現在、日本での臨床試験を含めた5つの試験の統合解析も進んでおり、今後、さらなるエビデンスが蓄積すれば、2021年の大改訂では、より高い推奨度に上げられる可能性もあると見られています。

 現在、t-PAが投与されている割合は、脳梗塞患者の約8%と推定されていますが、今回の改訂により1~2割程度増えるのではないかと予想されます。安全性を守りつつ、効果が得られる人を見極める必要があります。今回の改訂には「t-PAを適切に投与して助かる人を増やしたい」という思いが込められています。t-PA治療を標準化し、広く普及させることが重要です。

血栓回収療法が最長で24時間まで適応拡大

 2019年の小改訂での大きな変更点の2つ目は、「血栓回収療法」、いわゆる血管内治療の適応拡大です。これまでは、「主幹脳動脈(内頸動脈または中大脳動脈M1部)閉塞で適応判定がなされた脳梗塞に対し、t-PAに追加して発症6時間以内に機械的血栓回収療法※を行うことが勧められる」とされていました。

※機械的血栓回収療法:ステントリトリーバーまたは血栓吸引カテーテルを用いた治療

 今回の改訂では、発症から6時間を超えていても、「画像では梗塞がそれほど大きくないのに麻痺などの症状は重症」といった画像診断と神経症状のミスマッチ、あるいは「血液が流れなくなり回復が困難な領域(虚血コア)と血流が低下して機能障害を起こしているが回復が期待できる部分(灌流かんりゅう異常域)を比べたときに、虚血コアより灌流異常域が広い」というミスマッチに基づいて判定を行い、条件を満たせば、健常であったことが最後に確認できた時刻から、16時間あるいは24時間以内まで血管内治療が可能になりました。詳細は別途、適正治療指針が定められていますが、少なくとも、6時間以上経過後は適応外ということはなくなり、治療ができる可能性が広がり、就眠中に脳梗塞が起こったとしても、すぐに救急車を呼び、治療ができる専門病院へ搬送することが重要になります。

慢性期の再発予防にも変化が

 再発予防のために脳梗塞慢性期に行う抗血栓療法についても、新薬が登場し、特に出血性脳卒中などの出血リスクに対して、いくつかの変更点が加えられました。

 抗血栓療法のうち、血液を固まりにくくする抗凝固療法に用いる薬は、長年ワルファリンが主流でしたが、近年はダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバンの推奨度が高まっています。ただ、いずれも脳出血など合併症のリスクにつながる可能性があります。その場合の対処法として、抗凝固作用を中和する薬を使用します。

 慢性期の再発予防のために服用するワルファリンで脳出血などを起こした時は、プロトロンビン複合体製剤を使用すれば良いことが以前からわかっていました。2017年に、ケイセントラというプロトロンビン複合体製剤が発売され、急性重篤出血時、または重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の出血傾向の抑制に使用できるようになりました。なお、ダビガトランに対して特異的な中和剤であるイダルシズマブは、2016年から発売され、2017年の改訂で「使用を考慮しても良い」とされています。

血圧の目標が収縮期血圧130mmHg未満に

 慢性期の血圧コントロールの目標値について、日本高血圧学会の指針変更と同様に、脳卒中ガイドラインでも「140/90mmHg未満」から「130/80mmHg未満」に下げられました。

 もともと脳梗塞の観察研究では、血圧が低いほど再発しにくいという傾向があります。一方で、頸動脈が極端に狭くなっていたり、頭蓋内の動脈が完全に詰まっていたりして血流が悪い人の血圧を極端に下げると、かえって脳循環不全を起こして脳梗塞を起こす可能性があるため、以前は慎重論が優勢でした。今世紀になって、人為的に降圧を強めるほど再発しにくいという、介入試験の結果が報告されるようになりました。また最近は、リスクの高い血管病変が早期発見できるようになってきたため、一般的な脳梗塞や脳出血に関しては、血圧をしっかり下げるほうが良いという考えが主流になってきました。慢性期の再発予防は、服薬や食事などを含めて血圧コントロールが重要になりますので、しっかりと目標値を意識しておく必要があります。

進歩する脳卒中を取り巻く治療環境

 今回のガイドライン改訂の注目点は、脳梗塞の急性期治療の適応が拡大され、t-PAあるいは血管内治療を受けられる可能性が広がったことです。この好機を活かすためには、患者さんを脳卒中専門治療が出来る施設に直接搬送することが望ましいです。日本脳卒中学会は、24時間365日t-PA投与が可能な医療機関を「一次脳卒中センター」として認定し、体制の整備を進めています。t-PAに続けて同じ施設で血管内治療を行えない場合、t-PA投与後に血管内治療が可能な医療機関に速やかに搬送することも、増えています。

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