世界禁煙デーの5月31日、熊本市中央区の市民会館崇城大学ホールで、市民公開講座「寝たきり・認知症を防ぐために」が開催されました。今回の公開講座は、脳卒中週間(5月25~31日)と禁煙週間(31日~6月6日)に合わせて、日本脳卒中協会熊本県支部、くまもと禁煙推進フォーラムなどでつくる実行委員会が企画したものです。講座では4題の講演があり、多くの病気の危険因子となるタバコの話題も盛り込まれ、用意された250席がほぼ埋まる盛況ぶりでした。また講座に先立ち、「禁煙サポーター認定講習会」も開催されました。
講座は、公益社団法人 日本脳卒中協会 熊本県支部長で熊本市民病院神経内科・首席診療部長の橋本洋一郎氏による「脳卒中と認知症の予防~まず禁煙から~」という講演で始まりました。橋本氏は、日本人の平均寿命は延長しているにもかかわらず、男性は約10年間、女性は約13年間もの介護期間があるという現状を紹介。会場の参加者に「寝たきりになる原因で最も多いのは脳卒中、次いで認知症です。自立して生活できる健康寿命を延ばすには、この2つを予防することが大事。特に脳卒中は予防に勝る治療はありません」と語りかけました。
脳卒中予防のポイントは、発症に結びつく生活習慣を改善すること。こうした努力が、脳卒中を引き起こしやすい高血圧や糖尿病、脂質異常症、心房細動といった病気の発症を抑えることにもつながります。
「予防に勝る治療はない」と熊本市民病院神経内科・首席診療部長の橋本洋一郎氏
橋本氏は日本脳卒中協会が作成した「脳卒中予防の十か条」に沿って、食事の見直しや適度な運動など実行すべき具体策について詳しく説明。中でも最も有力な予防策として「禁煙」を挙げました。
「高血圧の喫煙者は、血圧が正常でタバコを吸っていない人に比べると18倍も脳卒中になりやすく、タバコを続けている限り降圧剤を飲んでも十分な脳卒中予防効果が得られません。また、喫煙者は吸わない人の約2倍、認知症になりやすいという報告もあります。タバコは脳卒中だけでなく、がんや心臓病、肺炎など多くの病気を引き起こす危険因子。タバコを吸わない人のほうが元気で長生き、介護期間も短いと言われていますから、ぜひ禁煙をしてください」。
禁煙のための三原則は「捨てる、買わない、もらわない」。本数を減らしていくのではなく、期日を決めて一気にやめることが上手な禁煙のコツです。「とはいえニコチン依存症になっている人は、自分で禁煙しようと思っても9割が失敗しています。医療機関の禁煙外来を利用すれば、飲み薬などで少し楽に禁煙ができます」と橋本氏。参加者全員で「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後に薬」と唱和し、締めくくりました。
「お酒に弱い人はタバコにも注意」と熊本機能病院・副院長の水野雄二氏
熊本赤十字病院、神経内科副部長の和田邦泰氏は「脈のチェックで脳卒中予防」と題して講演。まず脳卒中を血管が詰まる脳梗塞、血管が破れる脳出血に分け、それぞれの病気の起こり方、症状、治療などについて詳しく説明しました。
講演のテーマの「脈」にかかわっているのは、脳梗塞の中でも特に重症化しやすい「心原性脳塞栓症」。心原性脳塞栓症の9割以上は、心臓のリズムに乱れが生じる「心房細動」によるもので、心臓に血液が澱むために血栓ができやすく、脳の血管に流れて太い血管を詰まらせてしまうのです。
「脳梗塞は脳に起こった火事のようなもの。私たち医師は消防士」と熊本赤十字病院、神経内科副部長の和田邦泰氏
脳の血管を詰まらせないようにするには、心房細動を早期発見し、抗血液凝固剤を服用するなどの治療が必要です。早期発見の方法として和田氏は、定期的に健診を受けること、胸の痛みなど何らかの症状があればすぐに受診することに加えて、日ごろから脈のチェックを習慣にすることを挙げました。「心房細動の多くは発作性で、脈が正常なときもあれば飛ぶときもあるので、日々脈の乱れを自己チェックすることで見逃しを防ぐことができるのです」と和田氏。上手に脈をとるコツもアドバイスしました。
「脳梗塞は脳に起こった火事のようなもの。私たち医師は消防士の役割で、火を止めることはできても、燃えてしまったところを戻すことはできません。急に片方に麻痺が起きたり、ろれつが回らなくなったりしたら、すぐに受診を。燃え広がる前にとにかく早く被害を食い止めることが大事です」(和田氏)
「しっかり栄養を摂らなければ、運動は逆効果になることも」と熊本大学医学部リハビリテ-ション部・特任准教授、大串幹氏
熊本大学医学部リハビリテ-ション部・特任准教授、大串幹氏は「ロコモ体操で寝たきり予防」という演題で講演を行いました。「寝たきりの基準は、ベッドから起きて自分でトイレに行けるか否か。トイレに行くことができれば、リハビリなどで活動性を上げていくことが期待できますが、できなければどんどん悪くなってしまいます。筋肉や骨、神経といった運動器をいい状態に保つことが重要です」と大串氏。
近年、運動器の機能低下のキーワードとして「運動器不安定症」「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」「フレイル(虚弱)」「サルコペニア(筋肉の喪失)」の4つがよく使われています。大串氏はそれぞれどのような状態を指すのか分かりやすく説明し、診断基準も示しました。
続いて、移動能力の目安になる「ロコモ度」のチェック法、効率よくバランス感覚や筋力をつける2つの体操のレクチャーが行われ、「これだけで十分。1日6分間やるだけで54分歩いたのと同じ運動効果が得られます」という大串氏の言葉に会場が沸き、熱心にメモを取る参加者の姿が見られました。
なお、しっかり栄養を摂らなければ、運動は逆効果になることも。筋肉にはエネルギー貯蔵庫の役割もあり、食事で十分な栄養を摂れているときはたんぱく質が入ってくるので筋トレをすれば必ず筋肉は付きますが、栄養がないと筋肉から栄養を摂って使ってしまうので、運動すればするほど筋肉が痩せてしまうのです。
「たんぱく質、ビタミン、ミネラルを含むバランスのいい食事を摂ること、ストレッチ、ウォ-キングなどの運動を続けること、自治体が開催する認知症予防の講習会などに積極的に参加し定期的に活動力や認知機能をチェックすること、感染を起こさないことが、寝たきりの予防につながります」と大串氏。「今回の市民講座は『健康寿命を延ばすために、明日から何をすべきか』を自ら考えてもらうことが大きな目的の1つです。講座を聞いていいと思ったことをぜひ実行してください」と呼びかけました。