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大阪大学医学部附属病院(1)

手術ができない高齢者や重症者に
朗報もたらす心臓治療

( 2011/07/29 )

 高齢化や食の欧米化に伴い増えている心血管疾患の1つに、「大動脈弁狭窄症(aortic valve stenosis:AS)」という弁膜症があります。標準治療の手術はリスクが低いものの、胸を大きく開くという外科的処置のため患者の負担が大きく、標準治療が受けられない患者も少なくありませんでした。そうした患者にも根治の道を開く治療法が、「経カテーテル大動脈弁留置術」です。2002年に世界で初めて行われた新しい治療法で、弁膜症の治療体系が変わるのではないかと注目を集めています。日本では大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)が初めて導入し、2010年3月に第3項先進医療技術に認定されました。

治療しなければ1〜2年で死亡

 大動脈弁は心臓の左心室の出口にあり、血液はここを出ると大動脈から全身へと送られます(図1)。左心室が収縮すると同時に大動脈弁が開いて血液を大動脈へ送り出し、左心室が拡張すると同時に閉じて血液の逆流を防ぎます。

図1●心臓の構造


図1●心臓の構造

心臓には4つの部屋があり、それぞれの出口に弁がある。大動脈弁は心臓から全身に血液を送る大動脈の始まりにあり、3枚の弁膜でできている

 正常な大動脈弁は開閉がスムーズですが、炎症や癒着、硬化、石灰化などによって弁の可動性が低下して開口部が狭くなった状態を、「大動脈弁狭窄症(以下、AS)」といいます。左心室から大動脈への血流が妨げられるため、全身への血流量や血圧が低下し、左心室の負荷も増大します。初期の段階ではあまり自覚症状はありませんが、病気が進行して狭心症や失神、心不全などの症状が出る頃には重症化している場合が多くあります。治療をせずに放っておくと、症状が出てから1〜2年で亡くなる人が多い病気です。

 弁膜症の原因として、かつて多かったリウマチ熱は減少傾向にありますが、「高齢化や食の欧米化に伴い、動脈硬化性のASが増えている」と説明するのは、大阪大学大学院医学系研究科、外科学講座心臓血管外科学の澤芳樹教授(写真)です。大阪大学関連病院の統計(08〜09年)によれば、弁の置換術を行ったAS患者(334例)のうち、70歳以上が77%、そのうち80歳以上が28%を占めており、高齢者に多い病気と言えます。



手術不適応例に根治術の選択肢なし

 ASの治療は現時点では外科治療が有効とされています。標準治療の大動脈弁置換術(aortic valve replacement:AVR)は硬くなった弁を人工弁に取り替える手術で、手術リスクは比較的低い(手術関連死1〜3%)と言われています。しかしながら手術成績が良好な理由には、外科医に紹介される患者の状態が比較的良好なこともあります。AVRは胸を大きく開き、人工心肺を用いて心停止下で人工弁置換を行います。そのため侵襲性が著しく高く、高齢者や重篤な合併症のある重度AS患者は手術適応外とされていました。

 「統計によれば、手術死亡のリスクが高く、手術の適応から外された重度AS患者が3〜5割もいる」と澤教授は言います。日本のAVR実施例は年間8000〜1万例ですが、未治療患者はこれと同数の1万人前後いると推測されます。中には患者の手術拒否もありますが、根治術の選択肢がないため手術を勧められず、打つ手がないと“見放された”ケースが実は多いということが、この疾患の治療の大きな問題点でした。

 ちなみに、AVR以外の治療法として、「バルーン大動脈形成術」があります。これはバルーン(風船)を用いて弁を広げる治療法です。カテーテルを挿入して血管の内側から治療するため、開胸手術に比べ侵襲性が低く、手術適応外の患者でも行うことができます。ただし、柔軟性を失った弁を強制的に広げるため弁が開きっぱなしになり、血液の逆流を起こすおそれがあります。治療成績も芳しくありません。

カテーテル治療で切らずに治す

 そこで、打つ手がない患者の救済策として期待されているのが、経カテーテル大動脈弁留置術(transcatheter aortic valve implantation:TAVI)です。従来は手術の適応となり得なかった患者を対象に、人工心肺を用いず、侵襲性の低いカテーテル治療で根治的な弁置換を行う治療です。人工弁(生体弁)と、それを送達するバルーンカテーテルなどのデリバリーシステムからなる医療機器が用いられます(製品名:Edwards SAPIEN Transcatheter Heart Valve、米エドワーズライフサイエンス社製)。

図2●TAVIの操作(TF)


TAVIの操作(TF)

TFの場合、血流の流れに逆行してバルーンカテーテルを進め、大動脈の弓なりのカーブを通過して大動脈弁に達する。バルーンを膨らませると同時に、折りたたみ傘を開くようなイメージで生体弁を開く。バルーンは大きすぎると大動脈が破裂してしまうので、厳密にサイズを合わせることが求められる


 カテーテルの挿入には、「経大腿アプローチ(transfemoral:TF)」と「経心尖(心臓の先端)アプローチ(transapical:TA)」の2つの方法があります。TFは脚の付け根にある大腿動脈(または骨盤内の腸骨動脈)から挿入します。TAは第5または第6肋間を切開し、心臓の先端部に直接カテーテルを入れる方法です。基本的にはTFを選択しますが、弁の状態など患者の解剖学的特徴などを踏まえて判断します。TAは動脈硬化などで血管の状態が悪い場合に安全な方法です。大動脈弁までのアプローチが短いためカテーテルの操作性はよいものの、左胸を7〜8cm切開する分、患者に負担がかかります。

 バルーンカテーテルを挿入したら、狭窄している大動脈弁をあらかじめバルーンで拡張しておきます。ここまでは前述のバルーン大動脈形成術と同じです。次に、折りたたまれた生体弁がついたバルーンカテーテルを大動脈弁の位置まで送達させ、固定します。バルーンを膨張させ、それと同時に弁を開きます(図2)。生体弁は縫い付けるのではなく、強く押しつけて圧着させることで固定するのが特徴です。


安全性・有効性は標準治療の水準に達しつつある

 TAVI の安全性と有効性の検証を目的に行われた臨床試験があります。従来は手術不適応例とされた患者にTAVIを実施したところ、標準治療と比較して脳卒中や血管系合併症の発症率は高いものの、全死亡率や1年後の全死亡率(図3)などで大幅に低い結果が出ました。手術不適応な重症患者にとって、TAVIは有効な選択肢になると思われます。

 さらに、従来は手術適応だったけれど手術リスクが高かった患者を対象にTAVIを実施した結果、1年後の死亡率は同程度でした(AVR群26.8%、TAVI群24.2%)。この結果はTAVIがAVRに対し「非劣勢」であることを示しています。これはTAVIが優勢ではありませんが、死亡率のデータから安全性は標準治療と変わりないため、「TAVIでもよい」と解釈できます。合併症に関してはTAVI群の方が発症率は低いものの内容は異なりました。TAVI群で重度の血管合併症や弁周囲の逆流が多く見られましたが、術後出血と心房細動の新規発症は少ない結果でした。

図3●1年後死亡率


図3●1年後死亡率

手術不適応例において、1年後の死亡率はAVR(標準治療)が約50%であるのに対し、TAVIは約30%に抑えられた。これは1年後の生存率でいえば約70%である

 この結果からTAVIが標準治療のレベルに達しつつあると言えます。つまり、手術のリスクが高い患者にとっては代替治療になり得ます。治療の選択肢が増えるのは患者にとって好ましいことです。「治療成績が同程度であるならば、どちらを選択するか、患者が選べるようになっていくでしょう。したがって、患者さんにとって手術とTAVIの両方が行える総合的センターが有用であり、これからの弁治療センターのあり方として重要でしょう」と澤教授は展望します。

 次回は、阪大病院でのTAVIの取り組みの実際について見ていきます。



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