ポイント
未破裂脳動脈瘤は、脳ドックなどの健診や、頭痛・めまいの診療で発見されることが多いものです。ほとんど症状はありませんが、放置するとまれに破裂してくも膜下出血と呼ばれる状態になります。未破裂脳動脈瘤の手術を数多く行なってきた昭和大学医学部脳神経外科学講座講師・医局長の今泉陽一先生にどのような場合に手術が必要なのか、どういう手術を行なうのかについてお話をうかがいました。
脳は心臓や呼吸、体温調節などの生命活動、思考や言動、感情、感覚などを司る重要な役割を担っています。そのため脳細胞が活動するには酸素と栄養が常に必要で、脳の中に張り巡らされた大小さまざまな血管を通って、血液が酸素と栄養を脳のすみずみに運んでいます。脳に酸素と栄養を運ぶ血管(動脈)は、太い血管(3~6mm)からどんどん枝分かれし、最後は1mmにも満たない細い血管となっています。
未破裂脳動脈瘤は、血管が枝分かれする部分にできる風船のようなふくらみです。脳動脈瘤ができる理由はまだほとんど明らかになっていません。
昭和大学医学部脳神経外科学講座
講師・医局長 今泉陽一先生
未破裂脳動脈瘤の多くは症状がありません。しかし、中には急に大きくなって動眼神経に代表される脳神経を圧迫して複視や眼瞼下垂(がんけんかすい:瞼が上がりにくい状態)などの症状が出たり、破裂してくも膜下出血になることがあります。くも膜下出血は、約2/3の方が死亡するか社会復帰できないような障害を残してしまう極めて重い病気です。
私たちが、都内の脳ドックを受診した成人4070人について調べた結果、4.3%の人に明らかな未破裂脳動脈瘤が見つかりました。また、男性より女性に多いことも分かりました。受診したのは、健康診断のオプションとして脳ドックを受けた人のほか、将来の認知症の可能性があるかどうかが心配という人たちで、その時点では健康に問題がないという人たちです。
ほかの調査では、5%の人に動脈瘤があるという報告もあります。大きさは直径2mm程度の小さなものから25mm以上の大きなものまであり、75%以上は10mm未満の大きさとされています。
ケースバイケースです。その人の年齢、動脈瘤の大きさとその部位、「破裂率」などを考慮して判断します。小さな動脈瘤(直径3mm未満)の場合は経過観察をし、半年か1年に1回、MRAという脳全体の血管を詳しく調べられる装置で検査します。
2012年に日本人における未破裂脳動脈瘤の大規模調査研究(UCAS)が発表され、詳細に破裂率がわかるようになりました。これによると動脈瘤は3mm以上で破裂する可能性があり、3-4mmの動脈瘤の年間破裂率は0.36%、5-6mmでは0.50%、7-9mmでは1.69%、10-24mmで4.37%というように、大きくなるほど破裂率が上昇します。さらに25mm以上になると年間33.40%もの高確率で破裂すること、また部位による違いもあることがわかりました。
必ずしもそうとはいえません。例えば、直径が5-6mmの動脈瘤の破裂率は年間0.50%というデータがあります。40歳の人にそれが見つかり、その人が80歳まで生きるとしたら、40年間で破裂する確率は0.5%×40年=20%となります。20%は低い数字とは言い難く、この数字、自然破裂の危険性と個々の動脈瘤治療の安全性とを十分考慮してよく説明した上で手術を受けるかどうかを本人と相談します。
実際には、脳ドックを受診した人の大半は直径3mm未満で、多くは経過観察としています。もちろん、本人が動脈瘤を気にして精神的に日常生活に支障をきたしたりする場合は、手術することも考えます。
経過観察となった人でも、高血圧があったり、喫煙や大量飲酒の習慣があれば、破裂率は高くなるので、日常生活の習慣の改善をうながしています。また、急な頭痛があった場合はすぐに救急車を呼ぶなどの点も指導しています。
手術方法は2つあります。1つは、頭蓋骨を開けて、動脈瘤の根元を“クリップ”ではさむ(閉塞)する開頭クリッピング術です。もう1つは、最近、急速に普及してきた脳血管内治療です。これは、太ももの付け根の血管から管(カテーテル)を入れ、その中からさらに細い管(マイクロカテーテル)を入れて動脈瘤に誘導し、その管を通して白金製のコイルを動脈瘤の中に入れてふさぐコイル塞栓術です。それぞれに長所と短所があり、例えば血管内手術は開頭手術と比較して外部からの刺激が少なくてすみますが、開頭手術は再発(動脈瘤に再び血液が流れ込んでしまう)がほとんどないという長所があります。実際どの手術を行なうかは、動脈瘤の形や位置を十分に検討したうえで、本人の年齢、体力や希望も考慮して決めています。
開頭術は長い歴史がある治療法で、現在、最も確実な脳動脈瘤の出血予防方法です。若い人に未破裂脳動脈瘤の手術をする場合、どちらの治療も可能で同程度の安全性の動脈瘤であれば、こちらを勧めています。術後の長期予後を考慮すると、コイルは10-20%の頻度で再発、再治療となるためです。もちろん、全身麻酔での手術ですから、手術そのもののリスクがありますし、傷の痛みもあります。入院期間も約2週間と長くかかります。しかし、治療後は特に日常生活に制限はありません。
一方、血管内治療は、開頭手術と比較して入院期間が数日間と短くて済み、体への負担も少ない治療です。しかし、治療のリスクは開頭術と比較して低いとは言えず、新しい治療法のため長期の成績も分かっていません。血管内治療でステント(※)を使用した場合には抗血小板薬の内服は必要です。この薬は血管内に留置されたステントによる血栓をできにくくして脳梗塞を予防するかわりに、血が止まりにくくなるという副作用もあります。このため、体の他の部位に手術が必要になった際など、この薬を飲んでいると止血が難しくなって手術のリスクが高くなります。また薬の服用をやめると、今度は脳梗塞になるリスクがあがるため、どうすればよいか悩む場合もあります。
手術方法の選択は、本人の希望も重要ですが、動脈瘤の形状や、部位、大きさなども考慮して、より安全性の高い方法を、患者さん一人ひとりについて総合的に判断しています。
※ステントとは網目状の小さな金属製の筒を意味します。必要に応じて拡張させることができる仕組みになっています。狭心症の治療では細くなった血管や頸動脈に挿入し、拡張するために使用されてきましたが、近年脳の血管を拡張する治療にも使われ始めています。
経過観察となった場合は、血圧管理、禁煙、過度の飲酒を控えることが大切ですが、そのほかはそれまでと同じ生活を送れます。但し、可能性は低くても、破裂(くも膜下出血)のリスクがついて回ることを忘れてはいけません。手術を受けた場合も同じ生活を送れますが、破裂を気にすることなく生活できるところが経過観察との違いです。元気に快適な毎日を送れるようにすることが、私たち医療スタッフの役割です。