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脳卒中インタビュー

鈴木明文・日本脳卒中協会秋田県支部長

鈴木明文・日本脳卒中協会秋田県支部長
(秋田県立脳血管研究センター長)に聞く

日本一の高齢化が進む秋田県で
最新脳卒中予防に挑戦

( 2013/10/25 )

※秋田県立脳血管研究センターは、2019年に秋田県立循環器・脳脊髄センターに名称を変更しています。

鈴木明文(すずき・あきふみ)

1949年生まれ。74年三重県立大学医学部卒業。同年松阪中央総合病院研修医。75年秋田県立脳血管研究センター脳神経外科、85年同センター脳神経外科科長、97年同センター脳卒中診療部長、兼脳神経外科科長、01年5月同センター副病院長、兼脳神経外科学研究部長、兼脳卒中診療部長、10年4月同センター長

 高齢化社会をどう迎え撃つか‐‐。前例のない高齢化社会に突入する中、日本中でその答えが模索されています。日本で最も高齢化率、脳卒中死亡率が高い秋田県で、どのような対策が立てられているのでしょう。その成果は、日本の近未来を変える可能性を秘めています。秋田で開始された大規模な予防研究の現状などを、日本脳卒中協会秋田県支部の鈴木明文支部長に伺いました。

秋田県における脳卒中の現状を教えてください。

 秋田県は高齢化が最も進んだ自治体になりました。出生率は全国平均を大きく下回り最下位、死亡率は1位です。県内の人口は毎年1万数千人ずつ減少しています。秋田市及びその周辺では、それほど人口は減っていないのですが、それ以外の地域の減少が激しいのが現状です。減少傾向が著しい人口のなかで、75歳以上の高齢者は増えてきました。そして、脳卒中死亡率は、1昨年の3位から昨年は全国で1位になってしまいました。

 秋田県立脳血管研究センターは、脳卒中を専門とする県立の施設として、1968年に発足しました。当時、秋田では、働き盛りの中年世代が脳出血で倒れることが多く、その状況を何とかしたいという県民の思いを受けての設立でした。センター設立後、減塩運動や血圧が高い患者の治療を積極的に行うなどで、脳卒中死亡率は減少しましたが、高齢化の影響もあり、秋田の脳卒中死亡率は、昨年、また全国1位に返り咲いてしまっているのが現状です。

 この状態は何とかして打破しなければなりません。実は、昨年10月から、我々、秋田県立脳血管研究センターを中心に、効率的な予防法の探索を目的として、大規模な臨床研究を開始しました。これは、県下の病院や診療所の医師たちに協力を呼び掛け、高血圧や糖尿病などの脳卒中のリスク因子を有する患者さんを我々のセンターに紹介していただき、頭部のMRI検査や血液検査、食塩摂取量の測定、24時間の血圧測定などの精密検査を行い、その結果を紹介いただいた主治医にフィードバックするというものです。フィードバックされた情報を基に、治療内容の修正や生活習慣の指導に活かしていただき、将来的に脳卒中の発症を抑制できるかどうかを検討します。

 例えば、24時間血圧を測定することで、診察室以外で血圧がどのように変動するのかが分かり、個別の患者に適した治療の選択が可能になるだろうと考えています。2000人程度の患者さんを対象に、最低でも10年間ぐらいフォローアップしていきたいと思っています。そして、どのような検査や指導、治療が発症抑制に効果的かを明らかにできればと考えています。

 なお研究目的で行うものなので、患者さんへの精密検査は保険診療では行わず、全てセンターの研究費で実施します。

秋田県立脳血管研究センターでは、治療に関して様々な成果を上げてきているそうですね。
 センター設立以来、脳卒中の病態研究を行いながら、主に急性期の治療法の確立を目指して積極的に取り組んできました。全国的にも世界的にも脳卒中の研究が進み、治療法が進歩してきましたが、そのなかで我々も相当貢献してきました。手術療法、薬物療法とも、センター設立当時とは比べものにならないくらい進歩しました。最近は、有効な治療法を、誰もがいち早く受けることができるシステム作りにも協力しています。まずは、救急隊が現場で脳卒中の可能性を判断し搬送病院を選びやすくするためのプロトコール(研究・医療の規定・手順)を県協議会で作成しました。その中には、重症度を評価し、あらかじめ搬送先の病院へ情報を伝えることも含まれています。私がプロトコール作成の部会長を務め、2010年に作成しました。県内の救急隊員全員へ研修を行った後、県内統一のプロトコールとして使用しています。その成果かもしれませんが、以前は年間60人程度だった、急性期脳梗塞治療薬の組織プラスミノーゲン活性化因子(t-PA)静脈投与の対象となる患者数が、年間100人程度まで増加しました。t-PAは、現在は発症後4.5時間以内に治療を開始することが求められますが、以前は3時間以内でした。少し時間的な余裕はできましたが、治療開始が早いほど有効性が高いことが分かっています。救急隊と病院の連携が重要な鍵になりますが、救急隊の県統一プロトコールにより、その連携が進んだのかもしれません。


 ただし、課題もあります。救急隊が搬送し病院で脳卒中の診断が確定した患者さんの中で、発症から2時間以内に病院へ搬入となった患者さんの割合が減ってきました。以前は6割近い数字が、昨年は5割を下回りました。秋田県内では、一人暮らしのお年寄りや、お年寄り同士で暮らしている世帯が少なくありません。そのため、救急車を要請するまでに時間がかかっているのかもしれません。システムも治療法も確立しているにもかかわらず、これらを利用できない県民がいる。このような県民にどう対応するかが、今後の大きな課題です。



リハビリテーションにも積極的に取り組んでいらっしゃいますね。
 センターには、現在、理学療法士が18人、作業療法士が15人、言語聴覚士が4人在籍しており、脳卒中発症の翌日からは積極的なリハビリテーションを開始しています。当センターは、急性期を脱した後の患者さん向けに回復期リハビリテーション病棟もありますが、急性期リハビリテーションに力を入れることで、患者さんの回復は予想以上に早く、回復期リハビリテーション病棟に移ることなく退院できる患者さんが多くいらっしゃいます。発症直後からのリハビリテーションの重要性を私自身学びました。
再発予防にも積極的に取り組んでいらっしゃいます。

 希望者に対して、退院後半年から1年ぐらいの期間で、検査入院を実施しています。2泊3日のコースで、心臓も含めて全身の精密検査を行い、再発予防のために実施している治療が十分かなどの評価に役立てています。再発予防の薬剤をきちんと飲まなくなってしまう患者さんがどうしてもいるので、検査入院中に、服薬の大切さなども伝えています。急性期の病院で、このようなフォローアップ体制を有するところは、全国でもほとんどないと思います。

日本脳卒中協会秋田県支部長も務めていらっしゃいますが、支部でどのような活動をしているかお聞かせください。

 脳卒中協会の秋田県支部としては、我々のセンターと共催して、県内で最も人の集まる場所を選んで、パネル展示や栄養相談などを行うイベント形式の啓発活動を積極的に行っています。イベント形式としているのは、ありきたりの講演会では、本来情報を提供したい“脳卒中に興味を持っておられない県民”にはアクセスできないと考えているためです。個々の県民のニーズに沿うような形で、今後も啓発活動を続けたいと思っています。

最後に、先生が脳神経外科医を目指したきっかけをお聞かせください。

 私は、三重県立大学医学部の卒業です。実は、私が医師になった当時、三重県立大には脳神経外科の講座がありませんでした。全国的にも脳神経外科講座を持つ大学は少なかった時代です。当時、脳卒中患者さんは動かさない、が基本でした。大学では脳卒中に有効な手術療法はないと教わりました。その結果、多くの患者さんは後遺症を残したり、死亡したりしていました。

 一方、秋田県では、同じ時代に脳卒中の患者さんに積極的に手術を実施して、いい成績を上げていると聞きました。ぜひ秋田で修業したいと思ってやってきました。秋田脳研と呼ばれている我々のセンターのよいところは、脳卒中の研究の必要性を自治体が理解していること、学閥もなく、優秀な医師が全国から集まってくることなどです。診療と研究を一体的にできるのも、ほかにはなかなか類がないのではないでしょうか。そのため、すぐ三重に帰る予定が、そのまま秋田に残っており、今に至っています。ご縁のあるこの秋田の地で、これからも脳卒中で苦しむ方を一人でも減らすことに尽力できれば幸いです。

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