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脳卒中インタビュー

国立循環器病研究センター脳神経内科医長 田中智貴先生

高い枕が脳卒中の原因に!?
「殿様枕症候群」とは

( 2024/06/28 )

田中智貴(たなか・ともたか)

国立循環器病研究センター脳神経内科医長。2005年島根大学卒業。国立病院機構岡山医療センターを経て、2008年国立循環器病研究センター脳神経内科、2018年National University of Singapore. Pharmacology, Visiting Research Fellow、2020年から現職。総合内科専門医、指導医。日本神経学会専門医、指導医。日本脳卒中学会専門医、指導医。日本脳神経超音波学会脳神経超音波検査士。

ポイント

  • 若年~中年の方で脳卒中の原因となる「椎骨動脈解離(ついこつどうみゃくかいり)」という病気があります。これは、首の後ろを通る椎骨動脈の壁が裂けてしまうものです。その中で明らかな誘因がないものを「特発性椎骨動脈解離(とくはつせいついこつどうみゃくかいり)」と呼びます。脳卒中を発症すると後遺症が生じる場合もあるため、現在、特発性椎骨動脈解離の原因究明が求められています。
  • 国立循環器病研究センターでは、特発性椎骨動脈解離と診断された患者さんの枕の高さを調べました。すると、高い枕の使用と特発性椎骨動脈解離の発症には関連があることが分かり、暫定的な概念として「殿様枕症候群」が提唱されました。
  • 今回の研究結果を踏まえると、首が前に大きく屈曲するような高い枕を使っている場合は、低い枕に替えることが望ましいといえます。高い枕が好みの方は、やわらかい枕を選ぶことで、首への負担を軽減できるでしょう。

 国立循環器病研究センターのグループが「殿様枕症候群」を提唱しました。高く硬い枕を使っていると、若い人の脳卒中の原因となる特発性椎骨動脈解離の発症割合が高くなるという研究結果が得られたのです。特発性椎骨動脈解離と脳卒中の関係や、日常生活での注意点などについて、国立循環器病研究センター脳神経内科医長の田中智貴先生に伺いました。

若い人の脳卒中の原因となる特発性椎骨動脈解離

特発性椎骨動脈解離とはどのような病気なのでしょうか?

 椎骨動脈は、首の後ろを通り、脳に血液を運ぶ動脈です。頸椎(首の骨)の中を通っているため、首を曲げると椎骨動脈も連動して動きます。

椎骨動脈

 この椎骨動脈の壁が裂けてしまうのが「椎骨動脈解離」です。椎骨動脈解離の約3分の1は、首に極端な負荷がかかる動きが原因だと考えられています。例えば、バットやゴルフクラブを勢いよく振ったときに首に無理な力がかかって発症したとみられる症例です。また、整体やマッサージ、ヨガなどで首を強く押したり無理に動かしたりしたことが原因と思われるケースもあります。しかし、残りの約3分の2では明確な原因が見当たりません。発症原因がよく分からないものを「特発性椎骨動脈解離」と呼んでいます。

 特発性椎骨動脈解離は、脳卒中の原因になることがあります。通常、脳卒中は動脈硬化などが原因となって高齢者が発症する病気です。しかし、若年~中年の方が別の原因によって脳卒中を発症する場合もあります。その原因の一つが特発性椎骨動脈解離です。

特発性椎骨動脈解離は、なぜ脳卒中の原因となるのでしょうか?

 椎骨動脈が裂けると、裂けた場所が狭くなったり詰まったりして、脳に血液を送れなくなったり、血栓(血の塊)ができたりすることがあります。血栓が血流に乗って脳に届くと、脳の血管が詰まって脳梗塞を発症します。また、血管が大きく裂けて血管外まで血液が漏れ出すと、くも膜下出血を発症する場合もあります。

 椎骨動脈解離が生じても、必ず脳卒中になるわけではありませんが、脳卒中を発症すると、ふらつきやめまい、手や顔の麻痺やしびれ、視力低下や視野欠損など、さまざまな症状が出る可能性があります。また、働き盛りの患者さんの約18%に後遺症が生じることも分かっています。裂けた血管を根本的に治せる薬や治療法はなく、安静にして経過を見るしかありません。若い方の脳卒中の発症を防ぐためにも、特発性椎骨動脈解離の原因究明が求められています。

高い枕が特発性椎骨動脈解離の発症と関連

今回の研究は、特発性椎骨動脈解離の原因究明に役立つものだと思います。どのような研究を行ったのでしょうか?

 特発性椎骨動脈解離の患者さんの中に、極端に高い枕を使っている方がいることに気づきました。そこで、2018年~2023年に国立循環器病研究センターで特発性椎骨動脈解離と診断された患者さん53名の枕の高さ(頭を乗せていない状態での高さ)を調べました。枕の高さに関しては明確な基準は存在しませんが、本研究では外部の専門家の意見に基づいて、12cm以上の枕を「高い枕」と定義しました。

 すると、特発性椎骨動脈解離の患者さんでは、同じ時期に他の病気で入院した患者さん53名と比較して高い枕を使用している患者さんが多く、高い枕の使用と特発性椎骨動脈解離の発症には関連があることが分かりました。また、枕が高いほど特発性椎骨動脈解離を発症する割合が高いことも示唆されました。高い枕で寝ると、首が前に大きく屈曲した状態が長時間続き、椎骨動脈に大きな負担がかかるためと考えられます。

 また、高い枕による首の屈曲が椎骨動脈解離に直接影響する割合は3割程度であり、高い枕の使用に加えて、寝返りなどによって首が横に回る動き(体ごと横を向くのではなく、体は仰向けのままで首だけが横を向くような動き)が重なると、椎骨動脈への負担がさらに大きくなって特発性椎骨動脈解離を発症しやすくなる可能性が示唆されました。

 本研究では、枕の硬さ(頭を乗せたときに枕が半分以上沈む=やわらかい、半分も沈まない=硬いと定義)についても調べました。高い枕の使用と特発性椎骨動脈解離の関連は、硬い枕を使用している患者さんに強くみられました。高くてもやわらかい枕は、頭を乗せれば沈んで低くなるため、硬くて沈まない枕と比べると首が大きく曲がらず、椎骨動脈への負担が軽減される可能性があります。

今回の研究を踏まえて提唱された「殿様枕症候群」について教えてください。

 殿様枕症候群は、「高い枕を使っていると特発性椎骨動脈解離を発症しやすい」という暫定的な概念として提唱したものです。

 高くて硬い「殿様枕」は、日本で17~19世紀に使われており、結った髪形を維持するために重宝されたものです。1800年代の複数の文献に、「寿命三寸楽四寸」という言葉が出てきています。これは「4寸(12cm程度)の高い枕は髪形が崩れず楽だが、9cm程度の枕は早死にしなくて済む」という意味で、4寸という枕の高さは、偶然にも今回の研究で設定した「高い枕」の基準とほぼ同じです。

 また、椎骨動脈解離は、欧米よりもアジアで多くみられる病気です。なぜアジアで多いのか理由は分かっていませんが、もしかしたら枕のような文化的な違いが理由の一つとして考えられるかもしれません。こうした背景を踏まえて「殿様枕症候群」と名付けました。

首が前に大きく曲がる姿勢に要注意

今回の研究結果を踏まえて、日常生活の中で気をつけたほうがよいことはありますか?

 まず、極端に高い枕で寝ている方や、枕を複数重ねて使用している方は、枕を低くしたり個数を減らしたりすることをお勧めします。前述の通り、枕の高さに明確な基準はありませんが、寝たときに首が大きく屈曲せず、自然に立っているときと同じような姿勢を保てる高さが望ましいといえます。ただ、枕選びには好みも影響しますので、「高い枕でないと眠れない」という方もいらっしゃるかもしれません。高くてもやわらかい枕を選ぶなど、少しでも首が前に曲がりにくくなるような工夫をしてみてください。

枕の高さは寝たときに首が大きく屈曲せず、自然に立っているときと同じような姿勢を保てる高さが望ましい

 また、ベッドの中でスマホやタブレットなどを見るために、枕を積んで首を立てた姿勢で画面を見て、そのまま寝落ちする人もいるようです。リビングでも、ソファに寄りかかり、首が前に大きく曲がった状態でテレビを見たりすることはないでしょうか。こうした姿勢については本研究で直接的に調べたわけではありませんが、椎骨動脈に負担がかかる可能性が高い姿勢ですので、避けたほうがよいでしょう。

枕を積んで首を立てた姿勢は椎骨動脈に負担がかかる可能性が高い

 枕を替えるだけで椎骨動脈解離を完全に防げるわけではありません。しかし、枕を替えるだけなら、病院に行ったり薬を飲んだりするよりもハードルが低いはずです。私たちは1日の約3分の1を睡眠に費やしています。毎日長い時間使う枕を替えて睡眠中の姿勢を整えることで、少しでも特発性椎骨動脈解離の発症を減らし、それによる脳卒中も減らせることを期待しています。

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