峰松一夫・国立循環器病研究センター病院病院長に聞く
( 2018/01/05 )
峰松一夫(みねまつ・かずお)
ポイント
脳卒中は脳の血管がつまったり破れたりしておきる症状のことをいい、脳の血管が詰まる脳梗塞、血管が破れる脳出血、くも膜下出血などがあります。
脳卒中は、元気な人がある日突然発症する印象がありますが、脳梗塞を発症する前に一過性脳虚血発作(いっかせいのうきょけつほっさ)、(以下、「TIA:Transient Ischemic Attack」)という一時的な「前触れ発作」を起こすことも少なくありません。いわば“黄信号”ともいえるTIAをきちんと判断して脳卒中を防ぐにはどうすればいいのか。国立循環器病研究センター病院病院長の峰松一夫先生にお聞きしました。
「手足のまひなど脳梗塞と同じ症状が一時的に続いて24時間以内に自然に消失するもの」をTIAといいます。24時間以内と定義されていますが、通常は30分以内に消失することが多いです。ただし、24時間以内に症状が治まっても画像診断で脳梗塞が見つかる例は少なくありません。
症状が起きても元に戻るものがTIA、戻らないものが脳梗塞と区別していた時代もあるのですが、頭部MRI※1のDWI※2を撮ると、症状が表れていなくても脳梗塞(隠れ脳梗塞)が見られる場合がありますから、必ずしも明確に区別できるわけではありません。
重要なのは、発作の原因となった心臓病や血管病変はそのままなので、TIAを起こすと、いずれ本格的な脳卒中発作を起こす可能性が高いということです。そこで近年はTIAと軽症脳梗塞を連続する病態として「急性脳血管症候群(ACVS)」と捉え、症状が消えても消えなくても関係なく、緊急を要する疾患として対処しようという動きもあります。
MRI※1(核磁気共鳴画像法。あらゆる方向・角度から切り取った脳を断面画像化する)
DWI※2(拡散強調画像。新しい病巣だけが非常に早い時期からわかる)
※以前は24時間以内に症状が消えるというのがTIAの定義でしたが、最近では持続時間は問われなくなっています。(2020年11月追記)
TIAを起こした人の約3割が脳梗塞を発症しますが、21世紀になってからいくつかの大規模な研究がなされ、TIA患者の16〜17%が90日以内に本格的な脳卒中発作を起こし、しかもその半数以上が48時間以内と、直後の危険性が非常に高いことがわかりました。TIA発症後は次の発作が差し迫っていると判断し、一刻も早く専門の医療機関にかかって治療を開始する必要があります。
1999年の日本全国156施設、約1万7000例の脳梗塞・TIA患者さんを対象にした調査によると、症状としては多いものから以下が挙げられます。
・運動まひ(典型的なのは身体の片側に起こる片まひ)
・言語障害(ろれつが回らない、言葉のコミュニケーション障害など)
・歩行障害(力は入るのに歩けない)
・意識障害(ぼーっとする、時間や場所がわからない)
・感覚障害(手足のしびれ)
その他にめまい、黒内障(片側の目が見えにくくなる)、頭痛、けいれんなどが起こることもあります。いずれも突然起こるのがポイントです。
症状は脳の中の、どの場所が詰まるかによって違います。特に詰まりやすいのは
特に患者さん本人は認めたくないのか、「疲れただけ」「大丈夫」と考えることも多いですね。私が主任研究者を務めた厚生労働省の研究班によるTIAに関する意識調査(2009~2011年)では、症状が続いていれば8割以上の人が「すぐ受診する」と答えたのに対して、一過性症状の場合は5割程度でした。
しかし、症状が消えたからといって軽視してはいけません。最初は軽くても次の発作は軽いとは限らず、重大な後遺症を残すことや命を落とすこともありえます。TIAは見過ごしてはいけない危険な発作であり、早く適切な治療を開始することがいかに大切か、もっと知ってもらいたいと思います。
動脈硬化と心臓の不整脈(心房細動)が考えられます。動脈硬化は2種類あって、ひとつは特に頸の頸動脈という比較的太い血管に起こり、表面に付着した血栓が剥がれてその先の血管に詰まる場合、もうひとつは脳の中を通る血管が動脈硬化によって狭くなり血流が悪くなることによって症状が起こる場合です。
欧米では頸の血管に問題があることが多いのですが、日本は少し違う様相を示しています。私たちが2011〜2014年に行った「TIA例の脳心血管イベント発症に関する前向き登録研究」というWeb登録による研究によれば、頸動脈病変は16%しかない一方で、頭蓋内動脈に問題がある人が33%でした。これは諸外国では見られない傾向です。なお、心房細動が原因のものは16.3%でした。
頸の動脈や頭蓋内動脈に原因がある場合は、抗血小板薬(アスピリンなど)を使って脳梗塞の発作を抑制します。心房細動が原因の場合は抗血小板薬が効かないため、抗凝固薬を選びます。また、頸動脈に高度
TIAを起こした直後が勝負です。抗血小板薬などの内科的治療も、軽症脳梗塞やTIAに関しては24時間以内、あるいは12時間以内といった早い段階で治療を開始すれば差が出るという報告が複数出てきています。日本でも早期に診断ができれば良好な結果が出ていますが、その最初の診断自体が難しいのが問題です。受診する頃には症状が消えていることが多いですから、非専門医が「TIAかどうかがわからない」「いつ専門医に紹介したらいいかわからない」と立ち往生しているのが現実です。
そこで考案されたのが「ABCD2スコア」というTIAのリスク評価スコアです。本物のTIAかどうかわからない患者さんも含めて、この評価で点数が高ければ専門医に紹介することが勧められます。米国のガイドラインでは3点以上なら入院の適応とされています。危険性を予測する指標のひとつとして3~4点以上は要注意と知っておくとよいでしょう。
A(Age) 年齢 |
60 歳以上 (1点) |
---|---|
B(Blood pressure) 血圧 |
140/90mmHg以上(1点) |
C(Clinical features) 神経症候 |
片側の運動まひ(2点)、まひを伴わない言語障害(1点) |
D(Duration of symptoms) 症状の持続時間 |
60分以上(2点)、10~59分(1点) |
D(Diabetes) 糖尿病あり |
(1点) |
0~3点 | 1.0% |
---|---|
4~5点 | 4.1% |
6~7点 | 8.1% |
脳梗塞を発症した直後に血栓を溶解させる薬剤(t-PA)を使える医療機関がひとつの目安になるでしょう。公益社団法人日本脳卒中協会のWebサイトでは、各都道県の医療機関のリストを公開しています。脳卒中を疑って受診すれば、ただちに急性期の診療に対応でき、t-PAを実施可能としている医療機関で診療を受けてください。
受診をする時は、どんな症状か、どういうタイミングで起こったのか、持続時間なども具体的に説明できるようにしておくとよいでしょう。左右どちらに起こったかも大事なポイントです。突然脳梗塞が起こる人もいる中で、前触れ発作が起こるということはある意味で「最後のチャンス」です。軽い発作だと見逃さず、直ちに専門医のいる医療機関を受診しなければならないことを、ぜひ覚えておいてください。