医学・医療最前線

骨折の治療期間を3〜4割早める「超音波骨折治療法」( 2010/06/23 )

※この技術は、2016年から保険適用になりました。

 骨折の治りを早めるために超音波を利用する医療機関が増えています。これは、「超音波骨折治療法」と呼ばれるもの。この治療法は、サッカーのデビッド・ベッカム選手や野球の松井秀喜選手が骨折治療のために受けたことでも注目されました。先進医療としては、全国で244の医療施設(2010年5月1日現在)が実施しています。

超音波治療法で治療期間が38%も短縮
超音波治療法で治療期間が38%も短縮

 超音波骨折治療法は、微弱な超音波を1日1回20分間、骨折部に当てることで骨折治癒を促進する治療法です。この治療法の効果は複数の臨床試験で証明されています。中でも、海外で行われたプラセボ対象の二重盲検比較試験(治療を受けているという思い込みだけで実際に効果が得られるプラセボ効果が起こらないように、被験者、試験実施者とも、実際に誰が治療を受けているかが分からないように行う試験)で、骨折の治癒時間を約4割短縮する効果が証明されています。

 この治療で用いられる超音波は、日常的に内臓などの検査に利用されているのと同レベルの非常に低出力(30mW)の超音波です。ただし、検査で用いる超音波とは異なり、超音波を1秒間に1000回というパルス状にして照射する(普通の超音波が連続的なのに対し、パルス状では断続的になる)ことが特徴的です。

 超音波骨折治療法を先進医療として国内で最初に開始した帝京大学医学部整形外科の松下隆教授は、「パルス状の超音波でなければ骨融合促進の効果がないことが、明らかになっている」と語ります。

 

 パルス状にしたとしても、超音波そのもののエネルギーは非常に低いので、「患者は何も感じず、もちろん、痛みもない」と松下教授。毎日20分間だけ、専用の機器を骨折部位に当てるだけという非常に簡単な治療法です。

 では、なぜパルス状の超音波が骨折の治療を早めるのでしょう。松下教授は「超音波による力学的刺激が骨融合を促進する」と答えます。また、「超音波は骨融合を理想的な形にする力がある」といい、「健康な若年者に比べて骨折治癒に時間がかかる高齢者や喫煙者、つまり健康状態がよくなく、骨融合に時間がかかるような患者で、より大きな治療促進効果が期待できる」と語ります。

体の奥深くにある大腿骨頸部骨折にも効果

 これまで超音波骨折治療法に対しては、超音波が届きやすい体表近い骨には効果が出やすいが、大腿骨頸部のような体の奧にある骨には効きにくいと言われていました。しかし松下教授は、「深部にもしっかり届くことを確認している」と断言します。

 この治療で用いる超音波は拡散せずビーム状に直進します。そのため、体表から遠い骨に当てる場合に「多少角度がずれるだけで当たらなくなる」(松下教授)という問題があります。深部の骨折に効きにくいと言われていた理由は、超音波がしっかり当っていないためだったのです。

 「実は、超音波がきちんと当たっているかどうかを測定できる装置を開発しているところです。その装置で超音波が当たっていることを確認した上で治療を行うと、深部の骨折でも体表近い骨折と同様の効果が出るのです」と松下教授は打ち明けます。今後、松下教授らの研究開発が進展すれば、超音波がきちんと当たっているかどうかを確認しながら深部の骨折治療を行えるようになるのではないでしょうか。

 大腿骨頸部骨折は高齢者で生じやすく、骨折を契機に寝たきりとなる患者が後を絶ちません。高齢者では、安静にしている時間が長くなると心身が急速に衰えるためです。この治療法により治療期間が短縮されることで、寝たきりとなる高齢者を減らす効果すらあると言えそうです。

患者自身が自宅などで超音波を照射

超音波骨折治療器「セーフス」

見た目は家庭用のマッサージ器のような超音波骨折治療器「セーフス」。実際、患者が病院から借りて自宅で毎日治療するのには全く問題がなく、簡単に使うことができる(写真提供:帝人ファーマ)

 超音波骨折治療は毎日、超音波を当て続ける必要がある治療法です。そのため、この治療を行っている医療機関では、患者にこの機器を貸し出し、自宅で患者自身が超音波を当てるよう指導しているのが一般的です。患者に対しては、あらかじめ機器を当てる場所が指示されますし、機器そのものも患者が取り扱いやすいよう小型化されています。

 骨折の治療に通常半年以上かかる高齢者がこの機器を借りて自宅で治療を続けると、約4〜5カ月で治ります。先進医療としての治療費(機器貸し出しも含む)は、帝京大学病院では15万円です。

 

 現在、先進医療として認められているのは、上肢・下肢の骨折であって、手術による治療を行った骨折です。ただしこれらの骨折のうち、開放骨折(骨が皮膚を破って体外に飛び出すような骨折)と粉砕骨折(骨が粉々になるような骨折)は、2008年に保険診療として認められたため、先進医療からは外れました。

 また、松下教授は、「現在、骨延長術と骨切り術を行った場合も先進医療として認められるよう申請準備中」といいます。骨延長術は外傷による骨変形や、先天性の骨成長障害などに対して行われる手術です。一方、骨切り術は、関節炎などで変形した骨を切断し、形を矯正してつなぎ合わせる手術のことです。

 骨切り術の対象となり得る疾患の一つに変形性膝関節症(OA)があります。OA患者は、軽症者も含めると国内に2500万人に上るという推計があるほど患者数が多いものであり、社会の高齢化とともに手術を必要とする重症患者が増加すると予想されます。今後、先進医療の対象が拡大することを期待したいものです。

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