※この技術は、2013年から保険適用になりました。
前立腺がんの手術をロボットで行う……。こんな治療が実用化して先進医療になっています(第3項先進医療技術として「根治的前立腺全摘除術における内視鏡下手術ロボット支援 前立腺がん」とリストに収載)。ロボットを使うと医師が手で手術する場合に比べ出血の量も少なくて済むなど、利点が多々あります。2000年から導入が本格化した米国では、前立腺がんの手術といえばロボットで行うことが当たり前というくらい普及が進んでいます。
ロボット手術の話をする前に前立腺のお話をしましょう。前立腺とはよく聞く名前ですが、「どのように機能するのか」と質問されたら、多くの人は「?」となってしまうのではないでしょうか。でもそれは無理もない話です。実は前立腺の働きは医学的にも謎の部分が多いのです。
前立腺は男性にだけある臓器で、大きさは栗の実ほどで、膀胱の下にあり尿道を取り囲んでいます。前立腺の働きのうち、分かっているのは精液のもとになる前立腺液を作っているということです。前立腺液は精子に栄養を与えたり、運動機能を助ける役割を果たしています。
前立腺ががん化すると前立腺がんになります。以前は日本では少数派でした。普段、高カロリーの食事を取って、オフィスワークに従事している人に患者が多かったとされた時代もあり、「会社の社長がなりやすい」といわれていたこともありました。でも、今は社長も平社員も区別無く、多くの男性を無差別に襲う病気となっています。
米国では男性のがんのうち最も多いがんとなっていますし、日本でもじわじわと増え続け、1975年に2000人程度だった患者が2020年には7万8000人以上となり、現在男性のがん死数で第1位の肺がんに次ぐがんになると予想されています。
では、前立腺がんはどのように治療するのでしょうか。前立腺がんは手術、放射線、薬物療法など多くの治療法が開発されています。患者の状態や希望に応じて様々な組み合わせが可能になっています。比較的早期の病期Ⅰ、Ⅱ期ではホルモンを使って男性ホルモンの働きを抑える内分泌療法や放射線照射に加え、手術によって前立腺を摘出してしまう治療が普通です。
いよいよ手術の話ですが、手術には開腹手術とお腹に開けた3カ所の孔から内視鏡や鉗子(かんし)を入れて、侵襲をより少なくした腹腔鏡下手術があります。さらに、この腹腔鏡下手術には純粋に医師が操作する方法と本題であるロボットが行う手術とがあります。日本では前者が一般的ですが、東京医科大学附属病院など一部の病院では手術を行うロボットを術者が操縦することによって安全で確実に行う方法が採用されており、東京医科大学附属病院では先進医療を使って手術を受けることができるのです。
ロボット手術といっても、鉄腕アトムではなくガンダムに近い
ようやくロボット手術の話になりました。ロボットが手術するというと、鉄腕アトムやドラエモンなどのアニメキャラがメスを握る光景を想像しがちですが、実際は医師がコンソールという操縦席に入り込み、手と足を使ってかんしを操作するので、ガンダムに近いといえるでしょう。
ロボットを使った前立腺摘出手術は、正確にいうと「ロボット支援内視鏡的前立腺摘除術」といいますが、ここは分かりやすくロボット手術ということにします。患者にとってロボット手術のメリットはまさに安全性です。人間は突然、自分の意に反して「ぶるっ」と手足が震えることがあります。
普通の生活上は大した問題にもなりませんが、手術中の医師に出現すると影響は甚大です。患者の血管や神経を傷つけてしまうかもしれません。神経を傷つけてしまうことで、重篤な尿失禁という後遺症も起こりえます。医師といえども人の子。過剰な緊張はこうした震えを招きがちです。しかも、前立腺がある骨盤内は狭く、非常に難度の高い手術とされています。
ロボットを使えば、血管を損傷するリスクも低くなり、出血に対する輸血量も不要か必要となっても少量で済む傾向があります。ロボットはこうした不随意運動が患部に伝わることを未然に防いでくれます。医師も患者も安心して手術に臨むことができるのです。
ロボット手術が最も威力を発揮するのは、専門の医師がいないところで、遠く離れた病院から操作する遠隔手術のときだとされています。現在、実用化している手術もベトナム戦争中の野戦病院に患者がいて、医師が米国本土にいて必要な手術を行うという理想を追求した結果という裏面史があります。
ロボット手術の先駆的存在の東京医大附属病院の手術の様子。昨年は86人が手術を受けた
東京医大附属病院では、このロボット(製品名は「ダヴィンチ」)を導入して前立腺がんと心臓の手術が日常的に行われています。いずれも先進医療の対象となっています。まだまだ日本で導入した医療機関は数カ所しかありません。東京医大附属病院はそれら病院の中で先駆けといえる存在です。
先進医療費用としての患者負担額は72万円ほど。昨年度はこの制度を利用して86人がロボットによる前立腺がん摘出手術を受けました。このほか九州大学病院、金沢大学附属病院が先進医療によるロボット前立腺摘除術を実施しています。日本は手先の器用な医師が多く、ロボットの助けを借りずに行う腹腔鏡下手術が今のところは主流ですが、米国は「ロボットがない病院には患者が寄り付かない」といわれるほどに普及しています。日本も、前立腺がんの増加にともなって、米国並みにロボット手術も増えていくのではないでしょうか。