医学・医療最前線

家族性アルツハイマー病の遺伝子診断( 2011/10/27 )

※神戸大学医学部附属病院は、実施施設から外れています。(2020年11月時点)

 アルツハイマー病患者の多くは70歳を超えて発症しますが、中には40〜50歳代という比較的若い段階で発症する患者もいます。こうした患者の多くが遺伝的なアルツハイマー病の素因を持っていると考えられています。遺伝的なアルツハイマー病は“家族性アルツハイマー病”と呼ばれ、原因遺伝子(専門的には「遺伝子変異」といいます)が明らかになっているケースもあります。神戸大学医学部附属病院では、2004年から先進医療(開始当時は高度先進医療)として、家族性アルツハイマー病と診断された患者の遺伝子診断を実施しています。

 神戸大学医学部附属病院・認知症疾患医療センターの医師、山本泰司・精神科神経科講師は、アルツハイマー病の診断を進める際の問診で、その患者に必ず尋ねる質問があります。「ご両親、ご兄弟、もしくは親戚のおじさんやおばさんにアルツハイマー病と診断された方はいませんか」。



神戸大学医学部附属病院・認知症医療センターに所属し、精神科神経科講師・診療科長補佐を務める山本泰司氏

神戸大学医学部附属病院・認知症医療センターに所属し、精神科神経科講師・診療科長補佐を務める山本泰司氏

 世の中にはアルツハイマー病患者が多く見られる家系が存在します。こうした家系では、アルツハイマー病の原因となる「遺伝子変異」を持っている可能性が高いのです。この変異した遺伝子は子孫に受け継がれ、家系の中にアルツハイマー病の患者を生み出す有力な原因となっていると考えられます。山本講師のこの質問は、こうした家族性アルツハイマー病の家系を発見する手がかりを得るためのものなのです。



一般患者よりも20年以上早く発症する

 家族性アルツハイマー病の特徴は、家族や親戚に多く発症することに加え、発症年齢の若さです。多くのアルツハイマー病は70〜80歳に発症年齢が集中するのに対し、家族性アルツハイマー病の場合は、40〜50歳代で発症するケースが珍しくありません。「一般的なアルツハイマー病よりも20年以上も前倒しして発症してしまうのです」と山本講師は話します。

 逆に言えば、2代続けて発症していたとしても、それが一般的な患者と同じ、70歳を過ぎて発症しているのであれば、家族性である可能性は低くなるといえます。


原因となる遺伝子を健常者と比較する

 アルツハイマー病の原因はまだはっきりと突き止められたわけではありませんが、脳に老人斑というしみができ、進行するにしたがって脳細胞が死滅し、その結果全体的に脳が委縮するというプロセスが、多くの患者に共通して見られます。

 90年代から、家族性アルツハイマー病の発症に関係しそうな遺伝子変異の探索が世界中の医師や遺伝学者らによって精力的に行われました。その結果、家族性アルツハイマー病患者には、プレセニリン1とプレセニリン2、そしてアミロイド前駆体たんぱく質(APP)というたんぱく質の設計図となる3種類の遺伝子に変異が比較的多く見られることが明らかになったのです。

女性と高齢者に多いアルツハイマー病患者数


女性と高齢者に多いアルツハイマー病患者数

このグラフに見られるように、一般のアルツハイマー病は70〜80歳代の発症が多いが、家族性アルツハイマーは40〜50歳代で発症するのが特徴

 山本講師は「これら3種類の遺伝子の変異が、家族性アルツハイマー病患者全体の約半数に認められます。残りの患者では、まだはっきりとした特定の遺伝子変異が認められていません。3種類以外にも発症の原因となる遺伝子変異が存在することはほぼ確実と推測されますが、これら3種類ほど強力に発症に関与している変異ではない可能性もあります」と説明します。

 山本講師ら神戸大学グループが実施している遺伝子診断は、発症が確定した患者を対象にこのプレセニリン1、2、APP遺伝子の変異の有無を調べるというもので、先進医療の技術料として、検査費用は1回につき6万2400円かかります。患者の血液から抽出したDNAから、それぞれの遺伝子の塩基配列を調べ、健常者の遺伝子の塩基配列と比較し、変異があるかないかを判定します。誤った結果が出ることがないように、専門の分析機器で調べた結果を人間の目によって再確認するなど、2重、3重の検査を行うといいます。



発症前診断は行わない

 神戸大学の試みで重要な点は、発症前診断は行わないというところです。検査の対象となるのは、問診や認知機能検査、脳の画像診断などからアルツハイマー病と診断され、しかも発症年齢が若く、前述のように両親・兄弟や叔父・叔母など3親等以内に複数の患者が認められるケースとなります。加えて、あくまでも本人が強く希望することが必要な条件です。

 世の中にはアルツハイマー病の発症を予防する、あるいは遅らせるための様々な健康法やサプリメントが喧伝されていますが、医学的な効果が十分に検証されていないものが大半です。つまり、自分が原因となる変異した遺伝子を持っていることが分かっても、発症を回避するための有効な対策は、まだこの世には存在しないのです。そのような状況で、遺伝子変異の有無を知らせることには無理があるというのが、同大学チームの判断です。

 「診察の過程で家族性であることが疑われる患者さんがいても、検査を積極的に勧めることは敢えてしていません」と山本講師は話します。では、どういう場合に検査を実施するかといえば、「家族性アルツハイマー病と臨床的に診断された患者さんの中で、その原因を知りたいと強く願う患者さん」(山本講師)だそうです。遺伝子検査はそうした患者の真実を知る権利の行使をサポートすることに、大きな意義があるといいます。


遺伝子変異が確認された患者への対応

  遺伝子診断の結果、前述の3種類の遺伝子のいずれかの変異が見つかった患者への結果説明とそのフォローは原則として神戸大学チームが責任を持って行います。家族性アルツハイマー病は普通のアルツハイマー病よりも進行が速いなど、特段の配慮を必要とするためです。

 中にはこの検査の存在を知って遠方からやってくる患者もいますが、その場合は患者が居住する地域のかかりつけ医(担当医)に、患者の同意を得て十分に情報を提供しつつ、診断後も患者の病状および希望に応じて随時神戸大学医学部附属病院を受診してもらうようにしています。

 家族性アルツハイマー病の場合、進行が早く治療薬が効かなくなる時期も早く来る傾向にあります。そのような場合は、早めに薬剤を増量するなどの対策がとられてきました。昨年まで、我が国ではアルツハイマー病の治療薬は1種類しかありませんでしたが、今年になって新たに3種類の薬剤が登場しました。1つの薬剤が効かなくなったら別の薬剤に切り替える、あるいは作用メカニズムが異なった薬剤どうしを併用して相乗効果を狙うという作戦がとれるようになったのです。「治療の選択肢が広がった分、家族性アルツハイマー病患者にも今まで以上に積極的な治療ができるようになった」と山本講師は話します。

 家族性アルツハイマー病と診断されれば、治療に加え、患者の生活面全体をサポートする必要が生じます。患者が若く働き盛りの場合、どのようにして仕事から退くかも重要なテーマになります。このような場面でも精神科医の立場からの助言が大きくものをいうそうです。

 遺伝子の面からも診断が裏付けられた患者に定期的な受診を促す目的は、積極的な治療ができるということに加え、生活をともにする家族の精神的なケアを行うという側面もあります。受診に同行する家族も精神医学的なサポートを必要とする場合があるためです。「家族についても、精神科医師である我々が診ていく必要があると認識しています」と山本講師。


将来の課題はやはり予防と進行遅延

 家族性というハイリスク家系を見出す技術が存在している以上、発症前に予防や発症遅延につながる処置の技術も実現も期待したいところです。現在、脳のアミロイドの蓄積状況は発症のはるか以前から検出できるPET診断技術の開発も進展しており、いずれ日常診療に取り入れられることが確実な情勢です。こうした発症前の、あるいは早期の患者に治療薬を使って予防・進行遅延ができるかどうかの検討も始まっています。

 ただ現状としては、遺伝子変異の有無を検出する遺伝子診断の技術が先行し、早期の発症診断や治療薬の開発が後を追いかける展開です。現在、神戸大学で遺伝子診断を受ける患者は年間2〜3例ですが、問い合わせは多いとのことです。ただ、問い合わせても、遺伝子診断後の確実な治療法がないと知って受診を断念する患者も多いといいます。治療技術や画像診断技術などが進歩して、その発症前に遺伝子診断ができるようになれば、希望者は今以上に増えることになりそうです。


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