医学・医療最前線

内視鏡手術で難治性腰痛の原因を取り除く( 2012/05/23 )

※この技術は、2016年から先進医療をはずれ、自由診療となりました。

 慢性痛の患者は全国で約2000万人います。そのうち、腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)、腰椎手術後疼痛症候群などによる慢性腰下肢痛(まんせいようかしつう)は、高齢化による罹患年数の長期化などで、薬物療法、光線療法、神経ブロック療法などに抵抗性を示す症例が増えています。このような難治性慢性腰下肢痛に対して鎮痛効果が期待されている治療法が「エピドラスコピー」と呼ばれる内視鏡手術です。「硬膜外腔内視鏡による難治性腰下肢痛の治療」として、2004年に先進医療に認定され、12年4月1日現在、全国で11の医療施設が先進医療の実施施設に認定されています。

内視鏡の観察技術を治療に応用

 慢性腰下肢痛の治療は、一般に薬物療法、光線療法、神経ブロック療法などが行われます。治療開始時には薬物療法や光線療法を行い、経過を見ながら神経ブロック療法を実施します。神経ブロック療法とは、痛みの原因となる神経に対して局所麻酔薬やステロイド薬などを注射して、一時的に痛みを取り除く方法です。ただし、こうした治療法などでも十分な効果が得られない難治性の症例も少なくありません。そうした症例に有効な治療法として注目されているのが「エピドラスコピー」で、内視鏡を用いて椎弓(背骨の一部)と脊髄の間の狭い隙間(硬膜外腔)にある癒着を剥離する手術です。癒着をはがすことで、脊髄神経などへの圧迫がなくなり血流が改善され、神経機能の回復が促進されます。癒着の剥離により、神経が圧迫されて患部に局所麻酔薬が届かなかった状態が改善され、鎮痛効果が得やすくなります(図1)。

 この治療の誕生には内視鏡の進歩が大いに貢献しています。内視鏡は大別して、「硬性鏡」と「軟性鏡」の2つがあります。硬性鏡は自由に曲げることができないのに対し、軟性鏡は曲がりくねった状態でも使用可能です。内視鏡による脊柱管の観察の歴史は古く、1930年代にさかのぼります。70年代以降、内視鏡の技術開発が進んでより細い軟性鏡が開発されると、脊柱管の観察が安全かつ容易に行えるようになりました。ペインクリニックの第一人者であるJR東京総合病院の花岡一雄名誉院長は、「外部からの透視画像では分かりにくい炎症や癒着を直接観察できるようになったことが、とにかく画期的なことだった」と振り返ります。



エピドラスコピーの実施前(左)は背骨と脊髄の癒着で造影剤が途中で止まっている(左の←)治療後はその隙間が拡がったのが分かる(右)

 痛みや炎症が長く続いた腰痛では、神経の周辺組織が癒着していたり固く変性したりしています。ところがこのような状態は、X線画像のような外部からの透視画像だけでは分かりにくいのです。内視鏡画像を見て初めて、神経ブロックが効かない理由が理解できたと言います。内視鏡の技術はまもなく治療に応用され、95年に世界で初めてエピドラスコピーの症例が報告されました。日本でも99年から実施され、国内の症例数はこれまで2000症例以上になります。

従来の治療が効かない人の約3分の2に有効

 エピドラスコピーは次のように行われます。患者はお腹の下に大きな枕を置いてうつぶせになり、おしりを突き出すような姿勢を取ります。骨盤を構成する仙骨と尾骨の間には仙骨裂孔(せんこつれっこう)といって、骨の組み合わせにより骨に孔が開いており、ここから仙骨の下部に内視鏡を挿入して病変部位を確認します。硬膜外腔に生理食塩水を送り込みながら、癒着をはがし、発痛物質を洗い流します。造影で硬膜外腔の拡がりが確認できれば、仙骨裂孔から局所麻酔薬とステロイドの混合溶液を注入します(仙骨ブロックという)。手術時間は1時間程度です。

 痛みの部位を患者に確認するため、手術中は意識を失わせず鎮静状態にします。そのためカテーテルの先端が病変部位に触れると患者は痛みを感じますが、常に患者に意識があることで、神経障害などの重篤な合併症を引き起こしにくい利点があります。ただし、「患者を眠らせず、あまり痛い思いもさせず、術者が痛みの部位を確認できるように鎮静させる麻酔は、非常に難しい」と、同病院麻酔科の長瀬真幸部長は言います。

 JR東京総合病院では、エピドラスコピーを2泊3日の入院で実施しています。費用は、エピドラスコピーの技術料が約15万円(全額自己負担)、入院費や薬剤費などが約15万円(健康保険適用)です。

 本治療の適応症は、薬物療法、光線療法、神経ブロック療法などで痛みが軽減されず、期待した効果が得られなかった症例です。癒着がしつこくて治療に難渋することが多い腰椎手術後疼痛症候群も適応になります。09年に同院がまとめたデータによれば、難治性腰下肢痛患者109名(平均年齢63歳)に対してエピドラスコピーを用いたところ、「非常に有効」が24.7%、「有効」が28.4%、「多少有効」が12.8%で、全体の約3分の2で効果が認められました。

 1度に剥離しきれないときは、その後の仙骨ブロックの効果を観察しながら、半年から1年をめどに再手術を行います。疼痛が再発した場合は再手術が可能で、これまでに6回受けた患者もいます。

エピドラスコピーは痛み治療の入口である

 ただし、適応症でもいきなりエピドラスコピーを実施することはありません。まず仙骨ブロックで薬液注入時の抵抗を観察して癒着の状態を診断します。癒着が軽度であればブロックを続けることで腰痛が改善されることも少なくありません。また、高額な内視鏡の破損を防ぐためにも、あらかじめ癒着の抵抗を緩めておきます。「癒着の状態によりますが、内視鏡によるエピドラスコピーを受ける前に、週1度の仙骨ブロック注射を2年間、合計100回程度受けることも珍しくない」と花岡名誉院長は言います。

 くり返しになりますが、エピドラスコピーは痛みの原因の癒着を取り除く施術です。したがって、エピドラスコピーを受けたから直ちに痛みが治まるわけではありません。ここからが疼痛治療の本番なのです。手術後は再癒着を予防するためにも、月に1度は仙骨ブロックを受けて腰痛治療を継続します。痛みが緩和されれば治療の間隔を広げられます。つまり、患者は術前・術後の治療を根気よく受ける心構えが必要といえます。「自己管理が難しい独居者や、術後のリハビリに耐えられないほど筋力が低下している人にはあまりお勧めしません」(花岡名誉院長)。

 エピドラスコピーは難易度が高い手技です。癒着の剥離操作はカテーテルの先端を振って払い取りますが、簡単にはがせるものばかりではありません。内視鏡手術でよく使われている、閉じてはさむタイプの鉗子(かんし)は神経を傷つける危険があるため、開いて鉗子の外側で押さえる動きができる器具の開発が試みられています。技術面でも、器具の開発面でも、エピドラスコピーは発展途上の治療です。さらなる治療効果の向上に寄与する器具の開発が待たれるところです。

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