※「MRIガイド下乳腺生検」は、2018年から保険適用になりました。
乳房の画像診断をするための撮影装置にはマンモグラフィ、超音波、MRIがあります。それぞれの装置には長所と短所があります。マンモグラフィや超音波に比べ、MRIで乳房を調べる検査はあまりなじみがないかも知れません。しかし、マンモグラフィや超音波が苦手な検査をMRIは得意としています。日本は海外の国々に比べ、MRIが普及している国です。「こうした環境を活かして、MRIによる乳房の検査を有効に使ってほしい」と相良病院(鹿児島)附属ブレストセンター放射線科部長の戸﨑光宏先生は語っています。
ポイント 乳房MRI のメリットと留意点
写真1 相良病院附属ブレストセンター(鹿児島)の放射線科の戸﨑光宏部長
MRIはマグネティック・リゾナンス・イメージング(磁気共鳴画像)の頭文字を取った言葉です。人体を強い磁場の装置の中に置き、電波をあてるとNMR信号(※)が放出されます。MRIはこのNMR信号をもとに画像を描出し、臓器内の病気の有無を調べる画像診断の1つです。
乳がんの有無を広く調べる場合、乳房にX線をあてて、その透過から、病気の有無を調べるマンモグラフィがよく知られています。2007年に衝撃的な研究報告がドイツの専門家グループによって報告されました。早期乳がんの患者にマンモグラフィとMRIで検査し、そのがんの検出率を比較したところ、MRIの検出率は92%であったのに対して、マンモグラフィによる検出率はわずか56%にとどまったのです。つまりマンモグラフィは簡便で比較的精度が良い乳がんの画像診断装置ですが、それでも44%もの見落としがあったのです。
「マンモグラフィによる検査を受けているだけでは乳がんによる死亡数を減らすことは難しく、超音波やMRIと組み合わせる必要があります」と語るのは、乳房MRIに精通している戸﨑光宏先生(相良病院附属ブレストセンター放射線科部長)です。
「MRIは放射線を使わない検査で、良性悪性の区別がつきやすく、しかも乳房内で広がりをもつ多発がんの検査にも適しています」(戸﨑氏)。
※NMR信号と医療用MRI
医療に使われているMRIを日本語に直すと磁気共鳴映像法といいます。人体を構成する水分子の中の水素原子の“共鳴現象”を検知して人体の水分子の分布を手掛かりに体内の様子を画像化する手法です。原子核の中には小さな磁石が入っており、自発的にコマのように回転しています。この原子核を磁場の中に入れると首ふり運動のように回転します。この回転の周期(周波数)は原子核によって決まっています。その周期に合ったラジオ波を外から照射すると共鳴し、エネルギーの吸収も起きます。この吸収量がNMR信号です。
現在ではマンモグラフィや超音波によるスクリーニングで見つかった次の検査として採用されています。既に乳がんと診断されている人の「手術前検査」です。手術前検査では同じ乳房内に別の乳がんが見つかることもあり、反対側の乳房にも3~5%の確率でがん(両側乳がん)が見つかることもあります。またマンモグラフィや超音波診断で精密検査が必要と判断された場合に行われる画像診断がMRIということに日本ではなっています。
しかし、「ゆくゆくはハイリスクの女性の検診にも利用されるべき」と戸﨑先生は考えています。ハイリスクの対象となるのは、乳がんになりやすい遺伝子を生まれながらに持っている女性です。遺伝子検査の結果をもとに米国の女優アンジェリーナ・ジョリーさんががんになっていない乳房を予防的に切除して話題になりましたが、そうした切除をしなかった場合のフォローアップがMRIです。
ハイリスク層の乳がんへの対応については、医療者の指針となるガイドラインを作るように厚生労働省から指導されており、現在その作業が日本の専門医らによって始まっています。欧米ではハイリスク女性における乳がんの発見率はMRIが圧倒的に高く、遺伝子変異があるハイリスク女性の検査法としてマンモグラフィとMRIとの併用が推奨されています。
しかも日本は、欧米では大病院にしかないMRIを小規模な医療機関でも持っている先進国の中でもまれな国です。米国で何十万円もかかる検査が自由診療でも数万円で受けることができます。「この環境を利用しない手はありません」と戸﨑先生は語ります。
写真2 東京都内のオフィスで遠隔画像診断も進める
MRIの注意点はどこにあるでしょうか。
戸﨑先生は「ガドリニウムなどの造影剤を使用することになり、ごくまれにこの造影剤の注入でアレルギー反応を起こす人がいますが、事前の検査で回避することは可能です。また金属のワイヤーやネジが体に埋め込まれている患者さんでは利用が制限されます。入れ墨には金属成分が含まれているため、入れ墨が入った患者さんもMRI診断を受けることができないことがあります」と説明します。
以上のようなMRIの弱点に加えて、最も大きな課題が、日本国内における“MRIガイド下生検(エムアールアイガイドカセイケン)”の普及です。MRIだけでも十分、価値が高いのですが、最終的な診断は画像診断で見えた病変を生検して確認しないといけません。採血を行うような細い針を使い局所麻酔してから、やや太い針で乳腺の組織を取る検査です。大きな合併症はなく、翌日から普通の生活を送ることができます。
戸﨑先生によると「MRI検査を受けて病変が見つかった人は全員、組織診断を確定すべき。画像で確定診断はできないのですから、本来はMRIとMRIガイド下生検は切り離せません。ところが、日本でMRIガイド下生検を行える医療機関は全国19カ所に過ぎず、日常的に実施している施設となるとわずか3~4カ所です」とのことです。現在のところ、MRIガイド下生検には公的な医療保険が利かず、希望する場合の費用は自己負担となります。この保険収載の対象とならないことがMRIガイド下生検の普及に対する足枷になっているという指摘もあります。
現在のところ、MRIによる画像診断はマンモグラフィや超音波によって見つかった疑わしい症例の精密検査に限定されています。しかし近い将来は、遺伝的にハイリスクとみなされた患者さんの検査に利用が拡大することになるでしょう。やがてはMRIの有用性が日常診療の現場で今以上に発揮されることが期待されています。
(写真撮影:柚木裕司)