閉経の前後に訪れる更年期に、女性はそれまで経験しなかった様々な体調や心の変化に遭遇することになります。高血圧もその1つです。若いころは「私には高血圧の心配はない。むしろ低血圧が心配」と思っていた女性の多くがこの閉経期高血圧に悩むことになります。「社会で働く女性が増えてきたいま、とても大きな問題です」と東京女子医科大学病院の市原淳弘先生は警鐘を鳴らしています。
ポイント 閉経期高血圧を乗り切るために
今回お話を伺った東京女子医科大学病院 高血圧・内分泌内科 主任教授、診療部長 市原淳弘先生。
高血圧というと男性の病気と考えている女性が多いのではないでしょうか。若いころから健康診断ではたびたび「低血圧」を指摘されてきたために「私には高血圧の心配はない」と思っている女性が少なくないようです。ところがこのような女性たちが閉経期を迎え、生まれて初めて高血圧になるという事例が少なくありません。閉経期高血圧に詳しい市原先生によると「閉経期以降に高血圧に罹患している女性患者さんの数は同年代の男性患者さんとほぼ同数です。しかも、血圧の管理は男性よりも女性の方が難しいケースが多い」のだそうです。若いときは心配の必要がなかった女性こそ、一層の注意が必要なのです。
閉経期になると女性ホルモン(エストロゲン)の合成が急激に減少します。その結果、血管の内側部分をつくっている血管内皮(けっかんないひ)の働きが弱くなります。血管内皮は、血管の柔軟性の維持にとても大切な働きをしているほか、体内のナトリウム(食塩の成分)の体外への排泄を促す一酸化窒素を産生しています。
エストロゲンが減少して血管内皮の働きが弱くなると、血管の柔軟性も低下し、血管内容量を増加させるナトリウムが体内にとどまることになります。
さらに閉経によって体の中でエストロゲンに対する男性ホルモンの割合が増えてくることも高血圧の原因になります。もともとエストロゲンは男性ホルモンが変換されてつくられています。閉経によりエストロゲンに変換されなくなり、相対的に男性ホルモンが多くなります。すると自律神経の1つである交感神経の働きが活発化したり、血圧上昇を促すレニンというホルモンの産生が上昇したりします。つまり閉経にともなう相対的男性ホルモンの働きの増加も高血圧を引き起こす原因になります。
これら要因の1つひとつはささやかな影響しか持っていませんが、総和されて閉経期高血圧を引き起こすことになります。
閉経期が近づくと、エストロゲンの合成が少しずつ低下していき、それに伴う変化もじわじわと出現することになります。
ある日血圧を測ったらいままで経験しないほど高い。しかし、測り直すうちに落ち着いてくる。こんな経験をされる女性は多いはずです。ところがだんだん高い値が継続するようになり、ついに血圧が高いままになる。そこであわてて来院するという患者さんが少なくありません。
閉経期は心も不安定になりがちですが、こうした不安や焦燥も血圧を高めることになります。
若いころの高血圧はどちらかというと男性の方が女性よりも多いのですが、閉経期以降の50~60歳代では男女の患者数はほぼ同数になります。問題は男性に比べ女性の血圧管理が難しくなることです。男性は2人に1人が血圧値を正常域にまで下げることができますが、女性は3人に1人しか下げることができません。その結果、脳卒中や心筋梗塞の発症率は、男性と同等か男性よりも多くなるといわれています。
日本社会では社会進出した女性が継続して活躍することが求められますから、閉経期高血圧の管理が非常に重要なものになってきます。しかし閉経期高血圧への対策は医学的にも社会的にも確立していません。今後は男性と女性の違いに配慮した高血圧対策が必要になるはずです。
閉経期高血圧については医学的にも研究が始まったばかりです。残念ながら高血圧の専門医が集まる日本高血圧学会でもその重要性が十分、認識されているわけではありません。
そこで今、患者としてできることから実行していく必要があります。
閉経期高血圧では、通常の高血圧と同様にナトリウムの体内貯留が原因になります。高血圧の兆候が見られたら、減塩を心掛けることが大切です。
高血圧が心配になって医療機関を受診した場合に、患者として心掛けたいことがあります。服用している薬やサプリメントがある場合はその内容を医師に伝えるようにしましょう。閉経期の女性の場合、漢方薬や抗不安薬、鎮痛薬、サプリメント、頭痛薬などを常用しているケースが多く、これらの薬剤が血圧を上げて降圧薬の効き目の妨げになるケースがあるためです。
さらに患者さんによっては、女性に多い甲状腺機能低下症などの別の病気が隠れている場合もあり、こうした疾患との鑑別のためにも患者側からの詳細な情報提供がとても大切になります。
エストロゲンの減少による血管内皮の弾力性の低下、交感神経の過剰な活性化や塩分排泄の低下が閉経期高血圧の大きな原因です。近い将来の閉経期高血圧対策はこれらの原因をできる限り除くことを目的に実施されることになるでしょう。1つは新しい薬剤を開発または古い薬剤でも新しい使用法を開拓することにより対抗する方法です。市原先生は直接的レニン阻害薬という新しい薬や昔からあるメチルドパという薬を活用して閉経期高血圧を管理する方法を研究しています。
交感神経の過剰な活性化を神経の外科的な除去などで抑えるなどの方法も検討されています。首の動脈には血圧の上昇を感じて、血圧を下げるセンサーがあります。欧米ではここに電極を挿入して、電気刺激を与えることによって血圧を下げる方法などが考案されています。
「血圧の治療というと日本では内科の領域の話ですが、欧米ではこのような外科的なアプローチの研究も始まっています。近い将来、日本でもこれまで想像できなかった治療法が登場する可能性もあります」と市原先生は展望しています。