通常の生活を続けながら治療ができる!
治療後もクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)は落とさない!
( 2009/12/15 )
※2016年、2018年に、小児腫瘍(陽子線治療のみ)、切除非適応の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く)、限局性前立腺癌については、保険適用になりました。
兵庫県立粒子線医療センターでは、2001年の開設から08年12月までに、2484人の患者を治療してきました。今回は同センター・ルポの最終回として、治療実績や、実際の治療の手順などを中心にリポートします。
表は、2005〜08年に兵庫県立粒子線医療センターで粒子線治療を受けた患者数と対象となったがんの種類別内訳です。陽子線治療に比べて、重粒子線治療を受けた患者の数が右肩上がりで増えているのが目立ちます。
08年のデータを見ると、陽子線治療のみが行われる前立腺がんが最も多く、肝がん、頭頸部(とうけいぶ)がん、肺がんと続きます。また、最近の傾向として、早期がんだけではなく、進行がんまでを治療対象にすることが多くなり、そのため抗がん剤を使用する化学療法を併用する患者もいるといいます。
3年生存率(治療後3年たって生存している患者の割合)によって治療成績を見ると、前立腺がんでは、同センターが集めた290症例の3年生存率は97%でした。そして、前立腺がんの再発を抑えていることの指標となる血中タンパク質の平均制御率は、治療5年後で88%と高く、陽子線治療後のがん再発率の低さを示しています。これは粒子線が、的確にがんに作用しているためと考えらます。
肝がんでは、同様の290症例の3年生存率は67%でした。最大で14cmになっているような、進行した肝がんでも対象になることが粒子線治療の特徴の1つですが、小さながんほど再発率が低い点は、他の治療法と同様です。また初期の肺がんでは、同様の80症例の3年生存率は75%でした。最近では胸壁に広がった局所進行肺がんなど、難しいがんの治療も行っています。
治療を望む患者は、センターに電話で連絡すると、まず菱川良夫院長自らも応対し、同センターで受け入れることができると判断した場合、患者に、「申込書」と「紹介用シート」の提出を求めます。「紹介用シート」は、患者がそれまで診療を行っていた病院の主治医に書いてもらうもので、がんによって記入内容が異なります。
申込書と紹介用シートはいずれも、同センターのサイト(http://www.hibmc.shingu.hyogo.jp/)から、患者自身がダウンロードするか、それができない場合はセンターから郵送してもらいます。
患者のそれまでの主治医には、「紹介用シート」のほかに、診断画像などの患者データを提出してもらいます。提出後、同センターは患者がそれまで診療を行っていた病院連絡を介して、最初の受診日時を連絡します。
一方、粒子線治療ができない種類のがんもあります。例えば腸のがんなどは、粒子線の高いエネルギーによって腸に穴が開いてしまう可能性もあるので、適応外となります。
兵庫県立粒子線医療センターのサイト
「申込書」は「治療できるがん」からダウンロードできます。
実際の治療を行う前に、1週間程度の準備期間があります。ここで治療開始から終了までの治療計画を立てて日程が決まります。重症で通院できない患者や化学療法を併用している患者などは入院しますが、多くの場合は通院での治療となります。
準備期間中に、センターは患者のがんの位置を正確に確認するために、改めてCT・MRI検査、内視鏡検査などを行います。これらのデータは保管され、後に治療効果を判定する時にも比較対象として使います。どのような検査を行うかは、治療するがんによって異なります。
こうした検査と並行して、粒子線を照射しているときに体が動かないようにする「固定具」を作成します。この固定具を使うことで、毎回同じ姿勢で照射することができ、精度が高まります。固定具は樹脂製で、患者一人ひとりの体に合わせてつくります。でき上がった固定具には、CT検査などで調べたがんの位置データを参考に、粒子線を照射する箇所をマーキングします。
診断画像によってがんの大きさや範囲、形などを特定し、粒子線照射を制御するパソコンにデータを入力します。副作用を受ける可能性がある臓器を考慮したうえで、粒子線を当てる方向やエネルギー、深さなどを決定します。肝がんや肺がんなど重粒子線と陽子線の両方が対象となるがんでは、どちらの治療が効果的かを十分に検討します。
こうやって作られた患者データは、スタッフによるカンファレンスで検討されます。そこで承認されて初めて、粒子線治療装置に「治療計画情報」として転送されます。治療の直前に、患者は治療台でリハーサルを行い、固定具などの微調整を行います。
樹脂製の固定具は、患者の体型に合わせて作られます
準備が整うと、治療の開始です。同センターには、陽子線専用の照射室2室と、陽子線、重粒子線両方が照射できる照射室3室があります。陽子線専用の照射室は「回転ガントリー」と呼ばれる、粒子線の体への入射角度を自在に変えられる装置が配備されています。重粒子線と陽子線の両方が照射できる照射室も、照射台の位置や角度を調節することによって、適切な角度で照射することが可能です。これらの5室がフル稼働すると、一日に約90人の治療が可能です。
実際の治療では、患者は固定具を着けて照射台に横になります。照射室の担当エンジニアがマークを目安に、おおよその位置まで治療台を動かします。誤差が1mm以下になったら照射の準備にかかります。胸部や腹部は呼吸によって動くので、治療中は「呼吸同期装置」という、息を吐いた瞬間だけ照射を行う装置を使います。
患者は同じ姿勢を保って照射が終わるのを待ちます。実際に照射する時間は、1分間ほどです。照射を受けても、患者は痛みや熱さなどを感じることはありません。準備と後かたづけの時間を入れて、患者が照射室にいるのは1回約30分です。
治療期間中の照射回数は、がんの種類や大きさなどによって異なります。例えば前立腺がんは平均37回(治療期間は約7週)です。粒子線照射にかかわる費用は、がんの大きさや治療期間、照射回数にかかわらず、1つのがん当たり288万3000円で、自己負担となります。
陽子線、重粒子線が照射できる装置(実際の治療では照射部分に衣服を着用しません)
入射角度を自在に変えられる「回転ガントリー」を利用した照射装置(実際の治療では照射部分に衣服を着用しません)
外部から見た「回転ガントリー」
治療期間中に患者は、副作用の発見などのために、定期的に採血、CT・MRI検査などを受け、医師の診察を受けます。これ以外は、基本的には自由に過ごすことができます。症状にもよりますが、ゴルフや釣り程度の激しさのスポーツは禁じられてはいません。外科手術とは異なり、治療期間中に体力が保たれるので、治療後も早期に元の生活に戻れます。このように、クオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)が高く保たれることが、粒子線治療の優れた特徴の1つといえます。
必要回数の照射を受けて治療が終了した後、効果の判定のためのCT検査・MRI検査を受けます。がんは数カ月から半年以上かけてゆっくりと縮んでいくケースもあるので、画像だけでは効果が判らない場合も、採血や内視鏡などの検査を併用するようにします。
患者は治療終了時点で、治療効果や副作用、今後の見通しや生活での注意点などの説明を受けます。入院していた患者も、通常は治療終了日か翌日に退院します。治療終了後は紹介元の病院へ報告書を渡します。これは「患者情報はすべて患者のためのものである」という同センターの考え方によるものですが、センターとその病院とが患者情報を共有していくためでもあります。
センターでは、治療後の経過観察は行いません。それは患者がそれまで受診していた地元の病院などで行われ、その情報を同センターに定期的に報告してもらい、患者のその後をチェックしていきます。
病室がある病棟の廊下
病室はベッドごとに壁で仕切られ、患者のプライバシーに配慮しています
病棟近くには和室コーナーもある「デイルーム」があり、患者は読書などを楽しむことができます
最近、菱川院長が、粒子線治療で特に注目しているのはすい臓がんへの利用です。すい臓がんは、5年生存率が20%以下という、治療成績が悪い代表的ながんです。それは「初期には自覚症状の出にくく、発見が遅れがちになる」「すい臓は胆嚢(たんのう)、十二指腸に近い場所にあり、外科手術が難しい」「通常の放射線治療では、必要なエネルギーをがんに集中できない」などの理由があります。
菱川院長は「粒子線治療ならば、すい臓がんに必要なエネルギーを集中させられます。すい臓の近くには腸管がありますが、粒子線が照射したがんの部分にのみエネルギーを放出する特性を生かすことで、周囲の臓器に影響なく治療することが可能なのです」と話します。
センターでは、09年2月から積極的にすい臓がんの治療を始め、これまで45人以上の患者が治療を受けています。治療成績が出てくるのはこれからですが、理論的には期待が持てる粒子線治療は、患者にとって朗報と言えるでしょう。
菱川院長は、これからの兵庫県立粒子線医療センターが果たす役割について、「各地の粒子線治療施設と連携をとりながら、粒子線治療の臨床でのリーディングセンターとして、適応症例の検討や治療法の開発の面で、日本の粒子線治療施設の中心となっていきたい。また、人材の教育や実習の場としての責任も果たしたいと考えています」と話しています。
また「将来的には、安全性を確認したうえで、一つのがんに陽子線と重粒子線を併用する方法も試みてみたい。センターはそれができる世界で唯一の施設でもあります。粒子線治療の可能性をこれからも積極的に広げていきたいですね」とも。がん粒子線治療を追究する挑戦は続きます。
将来の抱負を語る菱川良夫院長