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南東北
がん陽子線治療センター(1)

正常組織を回避して
がん細胞を狙い撃つ陽子線治療

( 2011/03/28 )

※2016年、2018年に、小児腫瘍(陽子線治療のみ)、切除非適応の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く)、限局性前立腺癌については、保険適用になりました。

 放射線治療は、近年の治療機器や技術の発達で積極的な治療手段として採用されることが多くなっています。中でも陽子線治療は、陽子線の線量集中性によってがん細胞を“狙い撃ち”できることが最大の特徴です。2008年10月1日に福島県郡山市に開設された南東北がん陽子線治療センター(写真)は、民間初の陽子線治療施設としてその取り組みが注目されています。09年2月には、厚生労働省より先進医療実施施設としても認定されました。南東北がん陽子線治療センターにおける陽子線治療の取り組みを、2回にわたってレポートします。

「あちら立てればこちらが立たぬ」従来治療の限界

 放射線によるがん治療の基本は、がん細胞に放射線を集中して照射し、正常な組織には当てないようにすることに尽きます。しかしながら、これはたやすいことではありません。

 食道がんのケースを考えてみます。食道がんを根治するための治療に対して第一に選択されるのは手術ですが、侵襲が大きく手術関連死(術後1カ月以内の死亡)も3〜5%にのぼるため、新しい治療法の確立が求められています。食道は体の中心部にあり、心臓や肺、大動脈、背骨といった重要な臓器に囲まれています。これらの臓器に障害が発生すると致命的になるため、照射を極力避けなければなりません。しかし、従来のX線による放射線治療では重要臓器に大量の放射線が当たってしまうのです。

 ある医療機関のデータによれば、放射線治療でがん細胞が消失した食道がん患者のうち、10%近く、時には死に至る重篤な障害が発症したそうです。つまり、亡くなった原因ががん自体ではなく、がんを治すために行った放射線治療の副作用によると考えられたのです。心不全や呼吸不全といった死因からも、心臓や肺に多量の放射線が当たった影響が推測されます。「放射線治療の副作用は、半年以上経って“ボディーブロー”のように効いてくるのです」と、南東北がん陽子線治療センターの不破信和センター長(写真)は説明します。

 治療関連死の影響で、食道がんの放射線治療は副作用を起こさないように照射量が抑えられましたが、これではがん細胞を叩くのに十分な放射線を当てられません。不破センター長は「『副作用では亡くならないが、がんは残る』というのでは本末転倒です」と治療の矛盾を指摘します。がん細胞にしっかり当てようとすると正常組織がダメージを受ける。正常組織に当てないようにするとがん細胞に十分な量の放射線が当たらない。こうしたX線による放射線治療の限界は、不破センター長自身もこれまでの経験から感じていたといいます。

ブラッグピークの照準をがんに合わせる

図1●線量分布図

図1●線量分布図

X線は体の表面近くで線量がピークに達し、その後はゆるやかに減少していくが、陽子線はある深度に達すると最大になり、ピーク後は急激に減少する

図2●食道がんに対する線量分布の違い

図2●食道がんに対する線量分布の違い

曲線で囲まれたところが放射線が当たったところ。X線治療(上)はがん病巣よりも心臓などの重要臓器に放射線が当たっている。陽子線治療はがん病巣に集中的に照射され、特に心臓への照射を避けることができている

 こうした従来の放射線治療における“ジレンマ”の打開策が陽子線治療なのです。この治療が優れている点は、陽子線の線量集中性とその作用にあります。陽子線の線量はある深さにおいてピークに達し(ブラッグピーク)、その後はゼロ近くになるという特性があります(図1)。この特性を利用してブラッグピークをがんの位置に合わせれば、重要臓器への照射を避けながらがん細胞を狙い撃つことが可能です(図2)。

 X線の線量分布を見ると、体の浅い部分でピークに達し、奥深く進むにつれて弱くなります。したがって食道がんのように、体の深部にあるがんには十分な量の放射線が当たらないうえに、がんに至るまでに正常組織を傷つけてしまうのです。

 また、がんを攻撃する方法にも特徴があります。放射線治療はがん細胞のDNAにダメージを与えてがん細胞の増殖を抑えます。X線はDNAの二重らせんを構成する2本の鎖の一方を断ち切るのが主作用ですが、陽子線は一度に両方を切断する確率が高く、より大きな治療効果が期待できます。


多様な方向から自由な照射を可能にする回転ガントリー

 粒子線治療には陽子線のほかに重粒子線が用いられますが、陽子線のようにブラッグピークを有し、DNAの二重らせんの2本鎖を両方断ち切る働きは、重粒子線も同じです。両者の違いは何かというと、重粒子線治療に使われている炭素は陽子の12倍も重く、より強いダメージを与えられることが挙げられます。照射のイメージは重粒子線が“太いビーム”であるのに対し、陽子線は“細いビーム”と言えます。

回転ガントリー 回転ガントリー

シンクロトロン(加速器)で加速された陽子は、回転ガントリー搭載のビームライン(輸送管)で治療室まで飛ばされる。重さ約200tもの巨大ガントリーが回転する光景に目を見張った

回転ガントリー照射室 回転ガントリー照射室

同センターは回転ガントリー照射室(写真)が2つと、水平照射室を1つ備える

 照射ビームが細いということは、「陽子線治療は重粒子線に較べ、がんに対する効果も多少落ちるが、正常組織へのダメージも少ない」ことでもあります。食道がんのように、重要臓器に囲まれたがんに陽子線が有効であるのもうなずけます。一方、骨肉腫のように十分な照射が可能な位置にあるがんには、強いパワーを持つ重粒子線が適しています。どちらが適切な治療かは、がんが体のどこにあるか、がんの周囲に重要臓器があるかどうかなどによって決まります。

 陽子線治療の小回りが利くのは、「回転ガントリー」という照射装置の存在も大きいと言います(写真1)。回転ガントリーは治療寝台を中心に360°回転するため、照射の自由度が高いのが特徴です。これに対し重粒子線は、陽子線よりも設備が大型であるため、回転ガントリーを導入しようとすると陽子線以上に大掛かりな装置が必要になります。設置スペースやコストの問題から導入はきわめて困難と言えます。そのため、重粒子線治療の照射角度は水平・垂直・45度の3方向に限られます。

 治療寝台は、前後、左右、上下の平行移動に加え、ローリング(横揺れ)、ピッチング(縦揺れ)、ヨーイング(偏揺れ)で調整でき、精密な位置決めが可能です(写真2)。回転ガントリーと治療台を組み合わせることで、体内のどの位置のがんに対しても、「ここしかない」という最適な照射角度を見つけ出すことができます。放射線治療のスペシャリストで不破センター長が全幅の信頼を寄せる加藤貴弘技師長は、「操作はX線治療装置に近く、0.1mm単位の調整が可能です」と回転ガントリーの操作性を高く評価しています。これが陽子線治療の機会を増やすことにもつながっているのです。


総合病院が隣接しているという安心感

 同センターの特徴として、不破センター長と加藤技師長が異口同音に挙げたのが、陽子線治療をサポートするインフラが整っていることです。がん検診用とは別に、照射部位を確認するための陽子線治療専用のPET-CTを、世界で初めて導入しています。照射後、PET-CTでがんに正確に当たったかどうかを確認し、治療効果を検証します。検証の結果によっては照射量や照射範囲を微調整し、途中で治療方針を変更することもあるそうです。こうしたきめ細かな対応によって、治療のリスクを減らして効果を上げることができているといいます。

 総合病院と隣接していることも同センターの大きなメリットです。「治療中の心筋梗塞や脳内出血などの緊急事態に即対応してくれる病院がすぐ隣にあるのは、患者さんはもちろん、医師にとっても心強い」と不破センター長は言います。同センターに隣接するのは、地域がん診療連携拠点病院である総合南東北病院と、PET-CT3台とPETカメラ2台を配備し、高度診断治療部門がある南東北医療クリニックなどです。同センターを含むこれらはすべて、福島県を中心に宮城県や青森県、東京都で幅広く医療・福祉サービスを展開している南東北病院グループの施設です。グループ連携の強みを生かして総合的ながん治療を提供しています。

 次回は、南東北がん陽子線治療センターならではの陽子線治療の実際をレポートします。

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