腹腔鏡下広汎子宮全摘術(ふくくうきょうかこうはんしきゅうぜんてきじゅつ)
がん研有明病院 婦人科
( 2017/05/25 )
※この技術は、2018年から保険適用になりました。
(現在は、「内視鏡下手術用ロボットを用いた腹腔鏡下広汎子宮全摘術」が、先進医療に承認されています)
子宮頸がんは毎年約1万人が発症し、20代や30代で増えているがんです。早期の子宮頸がんの標準的な治療は、根治を目指して子宮とその周りを広範囲に切除する広汎子宮全摘術です。従来はおなかを大きく切開していましたが、腹腔鏡を使う手術も可能になりました。これが、腹腔鏡下広汎子宮全摘術です。小さな傷で済むため体への負担が少なく、美容面にも優れています。がん研有明病院婦人科副部長の金尾祐之先生は、「腹腔鏡下手術は子宮頸がんのような骨盤の深いところの手術に適しています」と説明します。「腹腔鏡下広汎子宮全摘術」のエキスパートである金尾先生にこの手術の特徴について伺いました。
ポイント
子宮は、胎児を育てる本体部分の「子宮体部」と、首のように細くなっている「子宮頸部」で構成されます。子宮頸部にできるがんが「子宮頸がん」です。
子宮頸がんの患者さんのほとんどがヒトパピローマウイルス(HPV)に感染しており、これががんの原因であることが明らかになってきています。HPVは性交渉により感染し、多くの女性たちが知らない間に感染しています。大部分は知らないうちに排除されるのですが、感染が続くと一部ががん化すると考えられています。がんの初期は自覚症状がほとんどありませんが、進行するにつれて、不正出血、性行為のときの出血、おりものの異常などが表れます。
子宮頸がんは年間約1万人が発症し、約3,000人が亡くなっています。発症のピークは30代後半です。以前は40代〜50代がピークでしたが、近年20代〜30代も増えており、若年化の傾向が見られます。その原因として、金尾先生は「低年齢層の性行動の活発化」と、「初めてがん検診を受ける年齢の高さ」を挙げます。結婚や妊娠を機に受診する場合、大半は30歳を過ぎてからになってしまいます。子宮頸がんの受診率が42.1%(2013年国民生活基礎調査)と低いのも問題です。
子宮頸がんは横方向や下方向に広がりやすい特徴があると、金尾先生は説明します。「そのため標準的な治療の広汎子宮全摘術では、がんの取り残しがないように、子宮だけでなく、横の基靭帯(子宮と骨盤をつなぐ靭帯)と、その下につながる膣の一部を切除します(図1)。同時に、子宮頸がんに関連するリンパ節も取り除きます」。
子宮頸がんは横や下の方向へ広がりやすいので、子宮のほかに膣や基靭帯も切除する
では、子宮頸部の上方向にある卵巣や卵管はどうするのでしょう。最近、卵管が卵巣がんの発生母地(がん細胞が発生するもとになる部分)になることが報告されています。卵管は卵子の取り込みや受精など妊娠に必要ですが、子宮をすべて摘出すると卵管を残す利点がありませんから、原則、卵管は切除します。一方、女性ホルモンを分泌する卵巣はできるだけ残すようにします。子宮頸がんの組織型(がんの形)は、主に子宮粘膜を覆う扁平上皮に発生する「扁平上皮(へんぴいじょうひ)がん」と粘液を分泌する腺組織に発生する「腺がん」があります。約7割を占める扁平上皮がんは卵巣へ転移しにくいため、基本は卵巣を残します。扁平上皮がんに比べて転移率が高めの腺がんでは卵巣を切除するのが一般的です。
広汎子宮全摘術は、これまでおなかを大きく切開する開腹手術で行われていましたが、腹腔鏡下での手術も可能になりました。腹腔鏡下手術とは、おなかに小さな穴を数カ所開けてそこから器具を入れ、カメラで中を見ながら行う手術です。
「腹腔鏡下広汎子宮全摘術」は、2014年12月に先進医療に認定され、実施医療施設は2017年4月1日現在42施設です。がん研有明病院が施設認定されたのは2015年2月で、これまでに約100例の腹腔鏡下広汎子宮全摘術を行っています。
子宮頸がんの手術は、がんの進行の程度を示す病期(ステージ)によって切り取る範囲が異なります。先進医療の対象となる病期は、がんが子宮頸部および膣壁にとどまっているIA2期、IB1期、IIA1期の早期がんです(図2)。IA期は「微小浸潤(びしょうしんじゅん)がん」と呼ばれ、がんは肉眼ではほとんど見えません。IB期以上は肉眼でがんが確認できますが、4cmを超えるIB2期、IIA2期は先進医療の対象外です。なお、ごく早期のIA1期は切除する範囲が狭い別の術式で行われます。
図2 腹腔鏡下広汎子宮全摘術の対象病期
実際の手術の流れは次の通りです。まず、手術に必要な操作空間や視野を確保するためへその部分に約12mmの筒を入れて、そこから腹腔内に炭酸ガスを注入しておなかを膨らませます。この筒を通してカメラ(腹腔鏡)を挿入し、子宮とその周囲をモニターに映します。下腹部に3〜4カ所、約5mmの穴を開けて、筒を通して鉗子などの手術器具を挿入し、モニターを見ながら手術を進めます。切り取った子宮は膣から体外へ取り出します。
開腹手術では、へそ上から、へそを迂回して恥骨の上まで約25cmも切開することになります。女性にとって「子宮を失った」という喪失感は大きく、その上、体に大きな傷が残るとなれば、心に大きな傷を負うことになります。腹腔鏡下手術なら、傷がほとんど見つけられないほどきれいに治ることもあります。例えば、人目を気にせず温泉を利用できますし、「ビキニは無理」と諦めることもありません。患者さんからは「傷が小さくて自信が持てました」と言われるそうです。
腹腔鏡下手術は子宮頸がんのような骨盤の深いところにある婦人科疾患で強みを発揮します。術野(手術部位の視野)が5〜10倍に拡大されるため、肉眼では確認しにくいところもよく見えます。狭くて手が届きにくい骨盤の深部も、直径5mmの鉗子なら細かい作業が行えます。こうした長所によって、より正確な手術が安全に行えます。
拡大視と深部へ到達できることで細かな作業が可能になり、手術中の出血が少なくなるため輸血の必要もなく、手術部位の視野が妨げられることもありません。また、がんがきちんと取れたかどうか、子宮と骨盤をつなぐ基靭帯(きじんたい)の切除部分の長さやリンパ節の個数で比べたところ、開腹と同程度か、よりしっかり切り取れる傾向にあります。
患者さんにとっては傷が小さく術後の痛みが少ないので、入院期間が短くなるという長所があります(図3)。
図3 腹腔鏡下手術と開腹手術の比較 ※がん研有明病院の実績
がん研有明病院(婦人科副部長)の金尾祐之先生
メリットが大きい一方で、腹腔鏡下では見え方が3次元ではなく2次元になるため奥行きの感覚がなくなったり、触覚の情報を得にくくなったりします。おなかの中に入れた鉗子は、腹壁を支点にしてテコのように動かします。鉗子の先を上に動かそうとするなら手は下に、上下左右を逆に動かすという腹腔鏡下特有の操作に慣れる必要があります。
腹腔鏡下広汎子宮全摘術を受けるに当たり施設選びの参考になるのが、婦人科疾患に対する腹腔鏡下手術の実績です。腹腔鏡下広汎子宮全摘術(開腹も含む)を数多く行っている施設はまだあまり多くありませんが、子宮内膜症や子宮筋腫のほかに、腹腔鏡下での子宮体がんの手術の実績などを参考にするのがいいでしょう。また日本産婦人科内視鏡学会技術認定医、日本婦人科腫瘍学会専門医の資格を持つ医師が携わっていることも、施設選びの目安の一つになります。
がん研有明病院で腹腔鏡下広汎子宮全摘術を受ける場合、先進医療に関わる手術費用(自己負担費用)は84万7,000円です。公的医療保険の適用分の入院費用と合わせると、自己負担額の合計は100万円程度になります(2017年4月28日現在)。
「がん治療で最優先すべきは、がんをきちんと治すこと」と金尾先生は強調します。子宮頸がんは、早期発見、早期治療で治すことのできるがんです。がんが治るなら傷が小さいに越したことはありませんが、腹腔鏡下手術にこだわり過ぎないことです。腹腔鏡下手術を希望しても、開腹手術を提案されるかもしれません。そのときは自分にとってのリスクと有益性について、医師とよく話し合うようにしましょう。