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東北大学病院(1)

衝撃波を使い重症の狭心症を
切らずに治療

( 2011/09/27 )

※この技術は、2017年から先進医療をはずれ、自由診療の対象となりました。

 狭心症の治療は、バルーンやステントを用いる経皮的冠動脈形成術(以下、PCI)や冠動脈バイパス手術(以下、CABG)が標準的な治療法です。しかし、重症化するとこれらの治療が受けられなかったり、治療を受けても完治しないことがあります。「低出力体外衝撃波治療」は、これまでの治療アプローチとは全く異なり、体外から心臓の患部に低出力の衝撃波を当てて血管を新生させて血流を改善しようという、切らずに治す治療法です。2010年7月に、第3項先進医療技術に認定されました。この治療法を世界で初めて開発した東北大学大学院医学系研究科・循環器内科学の下川宏明教授(写真)に、お話を伺いました。

高齢化と生活習慣の欧米化で増える重症例

 心臓が順調に働き続けるには、心臓を構成する心筋の隅々にまで血液を送る必要があります。その役割を担っているのが、心臓の冠動脈です。冠動脈からの血流供給が不足すると、心筋が血流不足に陥ります。この状態を心筋虚血といいます。心筋虚血が生じると、一時的に胸痛や胸部圧迫感、息切れなどを感じるようになります。これが狭心症です。

 近年、狭心症の患者は増えているばかりか「重症患者が増えている」と下川教授は指摘します。その原因は、高齢化や生活習慣の欧米化に伴う動脈硬化の重症化だといいます。重症患者は入浴時や排便時など日常的な動作でも心筋虚血を生じる“突然死予備軍”です。

 狭心症の標準的治療はPCIやCABGなどが主な治療ですが、冠動脈が高度の動脈硬化をきたし、全長が極端に細くなっている状態では行えません。PCIやCABGを受けても完治しないケースもありますし、PCIやCABGは何回も繰り返し行える治療ではありません。薬剤で症状をどうにか抑え、胸痛の不安を抱えながら過ごしている人が少なくないのです。

 こうした重症の狭心症患者には、これまで根治治療の選択肢がありませんでした。遺伝子治療や細胞治療などの再生医療が開発されていますが、まだ、現段階では安全性や有効性も確認されていません。患者の負担が少ない治療法を開発できないだろうかと、下川教授が長年試行錯誤してたどり着いたのが「低出力体外衝撃波治療」でした。

衝撃波の強さは結石破砕治療の10分の1

図1●超音波と衝撃波の比較


図1●超音波と衝撃波の比較

衝撃波も超音波も音波の一種。超音波は立ち上がりが緩やかで強弱がくり返される連続波で出力も弱い(単位はメガパスカル)。これに対して衝撃波は、出力の強い単一波である

 「低出力体外衝撃波治療」とは、一体どんな治療なのでしょうか。そもそも衝撃波とは“何者”でしょうか。「衝撃波」という名称から、何か“凄まじいもの”を想像するかもしれません。衝撃波は圧力波で、音波の一種です(図1)。私たちの生活の中でも衝撃波は発生しており、例えば、雷や火山の噴火などによって生じますし、ジェット機の通過で窓ガラスが割れるのも衝撃波が原因です。

 衝撃波の利点は、狙ったところにのみ出力を集中できることです(図2)。例えば心臓後壁の心筋に当てたい場合、途中の胸壁や心臓前方の心筋を通り抜けてピンポイントで照射できます。ピーク後、出力は急激に減少するため、背中の筋肉には影響が及びません。衝撃波は、既に腎臓や尿管の結石破砕治療に使われています。この場合は石をも砕く高い圧力をかけますが、下川教授は、その10分の1の低出力衝撃波が効率よく血管新生をおこすことを発見しました。このレベルは、例えば手に当てても軽く押されている程度の強さで痛みは感じません。




図2●衝撃波の発生原理 図2●衝撃波の発生原理

衝撃波は、電磁誘導方式という方法で発生させる。これを反射板で反射させ、水のクッションの開閉で焦点距離を微調節して心臓の患部に収束させる


 照射する際、1つだけ注意しなければならないことがあります。衝撃波は空気があるとそこで破裂するという性質があるので、心臓を挟む左右の肺を避けて照射する必要があります。「ただ、この操作は心エコー(心臓超音波検査)を習得した循環器専門医にはそう難しい手技ではありません。心エコーで心臓の画像をモニターにきれいに映し出せるということは、すなわち肺を避けていることになるからです」と、下川教授は言います。特別な手技を必要としないという点も、この治療の長所と言えます。


心臓に対するマッサージ効果で血管新生を促す

 衝撃波は出力レベルが広く、治療目的によって異なります。低出力の衝撃波を当てると、既存の血管から新しい血管が枝分かれしたり(血管新生)、狭くなったところをまたいで血管がつくられます。すると新たな血管ネットワークが構築されます。血管新生は人間が本来持っている自己修復能力ですが、衝撃波という物理的な刺激を与えることで、拒絶反応を起こすことなくその修復能力を促進するのです。

図3●血流が改善する様子


図3●血流が改善する様子

心筋の血流が分かる負荷心筋シンチグラフィーは、血流が正常であれば黒く写り、血流が途絶えているところは写らない。この症例では、治療前は、矢印で示す心臓の先の部分の血流が低下していたが(左図)、治療後は著明に血流が改善された(右図)。

 では、衝撃波を当てると、なぜ血管が新生するのでしょうか。細胞に衝撃波を当てると、細胞内でたくさんのミクロン単位の泡が発生しては消える「キャビテーション(空泡)効果」と呼ばれる現象が起こることが知られています。下川教授は、この泡が細胞内でちょうどマッサージのような効果を発揮して、複数の血管新生システムが刺激されて血管新生を促すと考えています。適度な運動が体にいいと言われるのは、運動で血行を良好にすることで血管内皮細胞に「ずり応力」(マッサージ効果)を引き起こし、血管新生を促すためです。狭心症患者は運動が制限されるため、機器で代用しているとも言えますし、心臓の患部にのみ血管新生を起こす点が重要です(図3)。



 血管新生の基になるヒトの血管内皮細胞に、様々な出力レベルの衝撃波を照射する基礎研究を行ったところ、血管新生の主役である血管内皮増殖因子(VEGF)とそれを受け取る受容体の発現が、どちらも結石破砕治療の10分の1の出力レベルで最大になりました。

医療費を大幅に削減できる可能性も

 よく誤解されるのは、動脈硬化が進んだ冠動脈に衝撃波を当てると、血栓や石灰化した部分が末梢に飛んで冠動脈を詰まらせるのではないかということです。「この治療は、狭くなった血管自体の血流を再開させるものではありません。冠動脈の病変部位そのものにではなく、虚血に陥っている心筋に低出力の衝撃波を照射して新しい血管をつくり、血流を改善させる治療法です」(下川教授)。

 低出力体外衝撃波治療のメリットは、大きく次の4点が挙げられます。第1に、切らずに治すために患者の負担が極めて小さな低侵襲性の治療であることです。全身麻酔や開胸操作を必要とせず、痛みもほとんど伴わないため、患者の負担を大幅に軽減することができます。

 第2に、極めて低侵襲性であるため繰り返し行えることです。PCIやCABGは何回も行える治療ではありません。特にCABGは胸を大きく開くため患者の負担が非常に大きく、開胸した部分の組織が癒着するため再手術の妨げになります。

 第3に、心筋の障害や不整脈など治療に伴う副作用や合併症が認められないことです。下川教授が動物実験の結果で注目したのは、照射部位の心内膜と心外膜で同じように血管新生していたことです。血管新生効果が片方に偏ると、盗血現象(血流の偏りでかえって虚血状態が増悪する現象)が危惧されますが、その心配もないことが分かり、「自信を持って臨床試験に臨めた」と言います。

 第4に、治療費用が極めて安価なことです。医療機器の減価償却費以外は基本的には電気代しかかかりませんから、医療費の大幅な削減に貢献できるでしょう。

 次回は、世界初の臨床試験の結果や、治療の実際についてみていきます。

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