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小さな乳がんに「メスを入れない」選択肢

経皮的乳がんラジオ波焼灼療法(けいひてきにゅうがんらじおはしょうしゃくりょうほう)
がん・感染症センター 都立駒込病院

( 2017/09/25 )

※東京都立駒込病院は、実施施設から外れています。(2020年11月時点)

 乳がんは、日本人女性がかかるがんの中で罹患率が最も高いがんです。早期乳がんの基本的な治療法は切除手術で、乳房を温存する場合でもメスが入るため傷痕が残ります。早期乳がんを切らずに治す「経皮的乳がんラジオ波焼灼療法」は、がんに電極針を刺し、針から発生させたラジオ波(AMラジオと同じ周波数の電磁波)で、熱を発生させてがんを死滅させる治療法です。小さな傷で済むため、体の負担を減らせるだけでなく精神的な苦痛も軽減されます。ラジオ波焼灼療法(以下「RFA」※)の有効性と安全性を検証するために、現在、臨床試験が進行中です。この試験に参加している、がん・感染症センター 都立駒込病院乳腺外科医長の有賀智之先生にRFAについて伺いました。

※radiofrequency ablation

ポイント

  • ・ RFAは、皮膚の表面からがんに電極針を刺し、針から発生させたラジオ波でがん細胞を死滅させる治療法である。
  • ・ 早期乳がんを切らずに治すので、標準治療の部分切除に比べ、傷が小さくて済むため心身の負担を減らせる。
  • ・ 対象は早期乳がんだが、「がんの長径が1.5cm以下」のほかにもいろいろな条件があり、RFAによる治療と経過観察は、現在進行中の多施設共同試験の手順に沿って行われる。
  • ・ 「経皮的乳がんラジオ波焼灼療法」は、2013年8月に先進医療に承認され、2017年9月1日現在、都立駒込病院を含め全国10の医療機関で、先進医療Bの制度の下、実施されている。

日本人女性の11人に1人が乳がんにかかる時代

図1 年齢階級別乳がん罹患率の推移

図1 年齢階級別乳がん罹患率の推移

 日本人女性が最もかかりやすいがんが、乳がんです。乳がん罹患者は年々増えていて、今や日本人女性の11人に1人が乳がんを患うと言われています。2016年は約9万人が発症し、1万4000人超が亡くなっているという結果が出ています(国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」、2012年データに基づく推計値)。発症のピークは40代後半〜50代前半です(図1)。乳がんは罹患率が高い一方、5年生存率が最も高いがんでもあります。早期発見、早期治療すれば治せる可能性が高いがんなのです。

がんを熱で死滅させる「経皮的乳がんラジオ波焼灼療法」とは

  早期乳がんの手術では、乳房を温存する部分切除でも数cm切開するため傷が残ります。がんがごく小さいうちに見つかっても、「胸を切除する」しか治す方法はありませんでした。


図2 ラジオ波焼灼療法

図2 ラジオ波焼灼療法
焼灼範囲内にがん全体が収まるように、がんの中心に針を刺す

 乳房にメスを入れずに根治する方法として注目されているのが、RFAです。RFAはラジオ波の発熱作用を利用する治療法です。乳房の皮膚の表面からがんに電極針を刺し、針から発生させたラジオ波でがんを加熱し、死滅させます(図2)。
 「がんに熱の加わらない部分がないように、エコーの画像を見ながらがんの中心に針を刺すのがRFAの技術的なポイントです」と有賀先生は説明します。焼灼可能な範囲にがんが収まるように、がんの中心と、針の先端からやや奥にある熱中心が一致するように針を刺し、針先はがんから5mmはみ出させます。がんの大きさによって2種類の電極針を使い分けます。



 電極針からラジオ波を発生させると、熱で針の周りの組織が変性します。がんは60度くらいになると死滅するといわれていますが、70度を目安に確実に死滅させます。 熱変性した組織は加熱で水分が失われて、電流が流れにくくなります。そのため電気抵抗が非常に大きくなり、それが一定の値を超えると、がんが十分に焼灼されたと判断してラジオ波の発生装置が自動停止します。このときに流すラジオ波の量は一定ですが、抵抗の大きさには体質の個人差があるため、通電時間は5〜15分と幅があります。

 電極針の針先に付いている温度計で自動停止直後にがん内部の温度を測定すると、80〜90度に達しています。ただし、このときの温度も個人差があります。温度があまり上がらない場合は再度通電します。それでも上がらない場合は、患者さんの体質として温度上昇が難しい、つまり焼灼が難しいと判断して切除手術に切り替えられます。

有効性・安全性を検証する臨床試験が進行中

 RFAは、早期乳がん(長径が1.5cm以下のものに限る)を対象に、2013年8月に先進医療Bとして承認されました。現在、RFAの治療成績が乳房の部分切除に劣らないこと、乳房を切らないために整容性(美容性)が優れていることなどを検証するため、多施設共同試験「RAFAELO Study(ラファエロ試験)」が10施設で行われています。がん・感染症センター 都立駒込病院は、RFA手技の研修を経て、2017年8月に先進医療の施設認定を受けました。


※RAFAELOとは
Radiofrequency ablation therapy for early breast cancer as local therapyの略


 先進医療でRFAを受ける場合は、ラファエロ試験の手順にのっとった治療となります。そのため、対象となる患者さんの条件には厳格な基準が設けられています。


適格条件
(1)マンモグラフィ・超音波・MRI/CT検査でいずれもがんの長径1.5㎝以下と確認されている
(2)針生検で浸潤性乳管がん、もしくは非浸潤性乳管がんと診断されている
(3)マンモグラフィで広範な石灰化がないことを確認されている
(4)触診および画像検査で 腋窩 えきか リンパ節(脇の下のリンパ節)に転移を認めない
(5)遠隔転移を認めない
(6)適格条件に該当し、除外基準に該当しない
(7)前治療なし(乳がんの治療が初めて)

温存療法と同様、術後に放射線治療を行う

 RFAを含むラファエロ試験の治療は、次の手順で行われます。


RFAを含むラファエロ試験の治療手順



 全身麻酔を導入後、RFAの前に「センチネルリンパ節生検」を行い、リンパ節転移の有無について確認します。「センチネルリンパ節」は、脇の下のリンパ節のうち、一番初めに乳がんが転移すると考えられているリンパ節です。

 続けてRFAを行います。通電時間は10分前後、準備を含めると30分程度です。ここまでの治療時間は1時間から1時間30分程度です。

 入院期間は、手術前日に入院し、術後2日後に退院する3泊4日が標準です。都立駒込病院でRFAを受ける場合、先進医療に関わる費用(自費負担費用)は13万1200円です。一般的な保険診療では、自費の検査・治療と保険診療を同時に行うことは認められていませんが、「経皮的乳がんラジオ波焼灼療法」は高度先進医療として認められているため、一般的な入院治療費(麻酔、諸検査、および入院費用など)は通常通りの保険診療として行い、それに自己費用分が上乗せされることになります。

 乳房温存療法では、残存乳房に放射線治療を追加することで乳房内再発を減らせることがわかっています。RFAは部分切除の代替の位置づけですから、乳房温存療法と同じように、術後3〜4週間後に放射線治療を行います。

 放射線治療を終了して3ヵ月後に針生検を行い、焼灼を行った部分のがん細胞が焼き切れたどうかを確認します。針生検でがん細胞の焼け残りが発見された場合は手術を行います。万一再発しても定期的な検査で見つけられるようにすることで、RFAの安全性を担保しています。したがって、治療後5年間は定期的に通院し、決められた定期検査を受けることも適格条件の一つになります。

「できれば切りたくない」女性に選択肢を提供

がん・感染症センター 都立駒込病院(乳腺外科医長)の有賀智之先生

がん・感染症センター 都立駒込病院(乳腺外科医長)の有賀智之先生

 RFAのメリットは、標準治療の手術に比べて傷が小さく、乳房の変形も少なくて済むことです。標準治療では小さながんでも乳房を切開しなければならず、位置によっては目立ちます。RFAはこのような手術のデメリットを回避することができます。

 RFAは体の負担を減らせるだけでなく、精神的な負担も軽くすることが期待できます。女性にとって「胸を切除する」ことのショックは計り知れません。乳がんになっても「できれば胸にメスを入れたくない」と強く思う人にとって、RFAは早期乳がん治療の選択肢となり得るでしょう。ただし、RFA治療は、『がんを焼灼で完全に死滅させる治療』であり、焼灼に伴う皮膚、筋肉の熱傷や、もともとがんのあった部分が繊維組織に置き換わる時に硬いしこりとして残ること、その部分に感染、ひきつれを起こす可能性があります。中でも熱傷は美容的にも避けたい合併症の一つです。皮膚や筋肉の熱損傷を防ぐために、通電前に、がん周囲の皮膚側、筋肉側に5%ブドウ糖液を注入して保護し、がんとの距離を離す工夫がなされています。



 有効性の主な評価は、乳房内の5年再発率が、標準治療の乳房部分切除に比べて、特別に劣らないと想定されていることです。通常の乳房温存術における5年温存乳房内再発は6%前後と報告されておりRFA治療においても同等の治療効果が期待されています。

 乳がんは自分で直接触って発見できるケースもあります。自覚症状としては、乳房のしこり、乳房のえくぼなど皮膚の変化、乳房周辺のリンパ節の腫れなどです。有賀先生は「乳房に触れてしこりがあるとわかったら、すぐに病院へ行って、乳腺科や外科を受診してください」と注意を促します。

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