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東京医科大学病院(1)

患者を極力傷つけず
正確に操作できるロボット手術

( 2011/05/30 )

※この技術は、2014年から先進医療をはずれ、自由診療となりました。

 傷が小さく術後の早期回復が可能な内視鏡手術ですが、専用器具の操作性の低さや視野の見にくさから高度な技術を要します。この課題をクリアするのがロボット手術です。細い血管同士をつなぎ合わせる冠動脈バイパス手術において、可能な限り患者を傷つけずに緻密で正確な手技が行える手術として期待されています。ロボット手術でどんなことができるようになったのか、日本のロボット手術のパイオニアである東京医科大学心臓外科の渡邊剛教授(写真)にお話をうかがいました。

社会復帰に時間がかかる胸骨正中切開

 近年の外科手術は、あらゆる領域で患者をできる限り傷つけない「低侵襲」の手術が行われるようになっています。傷の小さな手術の利点は見た目の問題だけでなく、術後の社会復帰やクオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)にとって極めて大きな意味があります。

 一般的な心臓手術は、胸骨正中切開にて行われます。胸の中央に縦にメスを入れ、ネクタイのような形の胸骨を縦に切開します。心臓が露出されるので手術は安全かつ容易に行えますが、胸には20〜25cmもの大きな傷が残ります。そのうえ傷を閉じても胸骨の接合には2〜3カ月間かかります。その間、激しい運動を避けることはもちろん、重い荷物を持つことや自動車の運転といった普段当たり前にやっていることも控えなければなりません。

内視鏡手術は器具の自由度が低く操作が難しい

 その点、内視鏡手術は傷が小さくて済みます。傷口の疼痛や感染リスクが軽減され、入院期間の短縮や術後の早期回復によって早い段階での社会復帰が可能です。

 しかしながら内視鏡手術は熟練の技術が必要とされ、難易度が高い手術です。内視鏡手術では先端に電気メスや組織を挟む鉗子(かんし)などが付いた細長い棒状の専用器具を使います。これが術者の手の代わりとなるのですが、柄の長い鉗子を操作するのはとても不安定でやりにくいのです。しかも前後、左右、上下の直線的な動きに限られるため、細かな作業が困難です。通常の内視鏡鉗子は組織をつまんで移動させたり、自分に対して横長にある血管を切ることはできても、縦長にある血管を切る作業はできません。臓器の向きは変えられないので手首を返す動きが必要ですが、器具の“手首”が固定されていて先端の自由が利かないのです。

 虚血性心疾患(心筋梗塞や狭心症)の手術で多く行われている冠動脈バイパス手術は、強い狭窄や閉塞が生じた冠動脈の先に別の血管をつなげて迂回路をつくり、心筋への血流を回復させます。「直径1.5mmほどの血管を扱うため、手技の正確さはその手術成績に大きく影響します」と渡邊教授は言います。

 さらに内視鏡手術は視野が狭いうえ、距離感がつかみにくい平面画像であることも手技をより難しくしています。日常生活でもテレビで野球を見ていて、バッターが打った瞬間「ホームランだ!」と思ったら外野フライだったということがあります。手術の場合、奥行きが分かりにくい視野で行うと思わぬところを傷つけかねません。

スナップを利かせて縫合もスムーズ

 金沢大学附属病院心肺・総合外科の教授も務める渡邊教授は、1999年に人工心肺を用いずに心臓が動いたままで行う完全内視鏡下の冠動脈バイパス手術を、世界で初めて成功させました。いわば日本の低侵襲心臓手術のトップランナーの1人です。その渡邊教授が次世代の“超低侵襲”手術として注目したのが、90年代後半に登場した手術支援ロボットです。渡邊教授自ら導入に尽力し、日本に初めて内視鏡下手術用ロボット(商品名:ダヴィンチ サージカルシステム、米Intuitive Surgical社製 以下、ダヴィンチ)が導入されたのは、05年のことです。09年8月には東京医科大学病院と金沢大学附属病院が、「内視鏡下手術用ロボット支援による冠動脈バイパス手術(1カ所のみ吻合するものに限る)」という技術名で第3項先進医療技術に認定されました。


「ダヴィンチ サージカルシステム」は、手術器具を取り付けるロボットアームからなる「サージカルカート」(中央)、術者が手術操作する「サージョンコンソール」(左)、助手用モニターの「ヴィジョンカート」(中央奥)で構成される

「ダヴィンチ サージカルシステム」は、手術器具を取り付けるロボットアームからなる「サージカルカート」(中央)、術者が手術操作する「サージョンコンソール」(左)、助手用モニターの「ヴィジョンカート」(中央奥)で構成される

 では、実際にダヴィンチによる心臓手術はどのように行われるのでしょうか。冠動脈バイパス手術の場合、患者の左脇に直径12mmの穴を3つあるいは4つ(そのうち1つはカメラ用)あけて、手術器具を取り付けた2本あるいは3本のアームと内視鏡カメラを挿入します。術者は手術台から離れた操作ボックスで、内視鏡による画像を見ながら“操縦”して手術を行います(写真1)。

 ダヴィンチを操作する感覚を、渡邊教授は「自分の肩から先の部分が患者の体内に入ったかのようだ」と表現します。特筆すべきは、アームに“手首”があることです(写真2)。関節機能を持つことで先端の鉗子を自在に操り、人の手のような複雑な動きができるようになりました。



ロボットアームに取り付ける手術器具は手術に応じて鉗子や電気メスなどを選択する。「エンドリスト」と呼ばれる手首の屈曲に相当する関節機能があることで高い自由度を有し、精緻な手技が行える

ロボットアームに取り付ける手術器具は手術に応じて鉗子や電気メスなどを選択する。「エンドリスト」と呼ばれる手首の屈曲に相当する関節機能があることで高い自由度を有し、精緻な手技が行える


 手首を返す動作、すなわちスナップを利かせることができるので、外科手術の基本手技である縫合が容易にできると言います。従来の内視鏡手術では1.5mmの細い血管同士を縫い合わせることは不可能とされていましたが、ダヴィンチがそれを可能にしたのです。臓器の裏側に回り込むこともでき、体の奥深く狭いところでも、熟練の技術なしに手術が行えます。ロボット手術は冠動脈バイパス手術のようにミリ単位の精密な手技が要求される心臓手術においてメリットが大きいと言えます。


立体画像で良好な視野を確保

 また渡邊教授は「正確な手術が行えるのは良好な視野によるところも大きい」と言います。ダヴィンチの画像は遠近感のある立体画像で、患者の体内を直接のぞき込んでいるようです。手術視野を2〜10倍に拡大できますが、このとき鉗子の先端より離れた位置から写すので、カメラが鉗子に近づきすぎて操作を邪魔することはありません。

 ダヴィンチにはモーションスケーリングという縮尺機能があり、ウルトラファイン、ファイン、ノーマルの3段階から設定できます。冠動脈バイパス手術のように細い血管を扱う手技はウルトラファインを選択します。ウルトラファインは術者が操作レバーを10cm動かしてもアームの先端は2cmしか動かないというように、実際の手の動きを5分の1に縮小して動かすことができます。さらには手振れ防止機能といった安全機能も付いていますから、精密かつ確実に、そして迅速で安全に手術が行えるようになりました。これは術者のストレス軽減にもつながります。

 次回は、ロボット手術の実際と将来の展望をレポートします。

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