樹状細胞ワクチン療法の実際
副作用少なく、がんとの共存に光
( 2010/08/30 )
※この技術は、2020 年に先進医療から削除されました。
肺がん患者のAさん(57歳)を例に、滋賀医科大学医学部附属病院(以下滋賀医大病院)における樹状細胞ワクチン療法の実際を紹介します。
Aさんが肺がんの診断を受けたのは、約1年前です。手術が難しい場所にがんが存在することから、放射線治療と薬物療法による治療を受けました。
特に薬物療法(抗がん剤治療)は、Aさんにとって非常に辛いものでした。嘔吐を繰り返し、食事も砂を噛むようで進まず、抗がん剤治療をはじめる前に比べて体重が約15kgも減ってしまいました。Aさんは「効果さえ得られれば、辛い抗がん剤も報われたと思えたはず」と悔しそうに振り返ります。残念なことに治療効果は得られず、Aさんは主治医から「これ以上、うちでできる治療はない」と宣告されてしまったのです。
すでに60人に樹状細胞ワクチン療法を実施した滋賀医大病院
ただし、Aさんにとって幸いしたのは、Aさんの主治医は、がんの免疫療法に対して肯定的な考えを持っていたことです。免疫療法を行っている滋賀医大病院に紹介状を書いてくれました。
Aさんは、主治医の紹介状を持って、早速、滋賀医大病院の呼吸器外科を受診しました。外来では、滋賀医大病院で行っているワクチン療法は、MUC-1というがん抗原を利用した樹状細胞ワクチン療法であること、この治療の対象となるのは、がん細胞にMUC-1というマークが付いている患者だけであることを説明されました。
Aさんは手術を受けていませんでしたが、肺がんの確定診断のため、内視鏡を気管支に挿入し、がん組織を採取していました。そのため、早速、主治医にそのとき採取したがん組織の標本を貸し出してもらえるか問い合わせ、主治医から借りたがん組織の標本を滋賀医大病院に届けました。
がん組織の標本を用いた検査の結果は約1週間後に出ました。電話口で寺本晃治助教から、「MUC-1は発現していました。うちで樹状細胞ワクチン療法を受けられますよ」と告げられたAさん。次に、樹状細胞の基となる単核球の採取の予約を取り、数日後に再度、滋賀医大病院の外来を訪れました。
この機器を使い、約2時間半かけて患者の末梢血に含まれる単核球を採取する。単核球を取り出した残りの血液成分は患者に戻す
単核球の採取は末梢の血管から行います。ただし、末梢血に含まれる単核球の数は少なく、ほぼ全身の血液に相当する3000mlを処理する必要があります。もちろん単核球以外の血液は再度、体内に戻されます。Aさんは、「成分献血に似ているな」と思いながら、約2時間半かけて単核球の採取を受けました。
採取された単核球は、次にサイトカインという物質と一緒に約1週間培養されることで、成熟した樹状細胞となります。成熟した樹状細胞となった後、MUC-1がさらに加えられます。これによって、樹状細胞はMUC-1というマークが付いた細胞を特異的に認識し攻撃するようにリンパ球を“教育”できるようになるのです。
細胞プロセッシングセンター細胞調整室で樹状細胞を培養。菌やウイルスなどに感染しないよう管理の行き届いた特別な部屋で樹状細胞を培養している
単核球の採取から2週間後、Aさんはとうとう樹状細胞ワクチン療法を受けました。とはいえ、「抗がん剤治療のことを考えれば、何ともあっけない治療でした」とAさん。樹状細胞ワクチンの投与は、鎖骨の上のくぼみに注射(皮下注)されただけでした。「外来で注射を受け、その注射も、チュっという感じで終わり」(Aさん)。「採血検査に比べれば痛い注射だった」ということですが、「点滴で抗がん剤を何時間もかけて打たれることに比べたら、とても快適な治療法」とAさんは感想を語っています。
この注射は、2週間間隔で6回繰り返されます。1回の単核球採取で、6回分の樹状細胞ワクチン療法用の樹状細胞が用意されているためです。
培養が終わり、“司令塔”としての役割を身につけた樹状細胞ワクチンを鎖骨の下のくぼみに注射する様子。2週間間隔で6回注射する
なぜ、鎖骨の下のくぼみに注射するかというと、「病変部位に近いリンパ節に樹状細胞が集まり、リンパ節内でリンパ球の活性化が生じるように」(寺本助教)ということです。そのため、肺がんだけでなく乳がんの患者さんに対しても同じ部位に注射が行われています。
Aさんは、樹状細胞ワクチンの投与を予定通りに6回、受けることができました。6回終了後、主治医のところで腫瘍の状態を見る画像検査を受けました。その結果、Aさんの腫瘍は樹状細胞ワクチン療法開始前と比べて、ほとんど同じ大きさであることが分かりました。成長もしていなければ小さくもなっていなかったのです。Aさんは、体調が良いことからも、内心、がんが小さくなっていることを期待していたため、この結果を聞いた直後は非常にがっかりしました。
しかしAさんは、この3カ月間、がんの進行が止まったことを誰よりも喜んでいます。「私にとっては、この3カ月間はとても意味があるのです」とAさん。初孫がちょうど1週間前に誕生したと教えてくれました。「がんが小さくならなかったことは残念ですが、孫の顔を見ることができました。 “おじいちゃん”と孫に呼んでもらうことは無理かもしれないけれど、あまり欲張ってはいけませんよね」と、Aさんは笑っていました。