陽子線の潜在能力を引き出し
がん治療のブレークスルーを目指す
( 2011/04/26 )
※2016年、2018年に、小児腫瘍(陽子線治療のみ)、切除非適応の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く)、限局性前立腺癌については、保険適用になりました。
南東北がん陽子線治療センター(写真)の治療実績を見ると、同センターが柔軟な発想で“民間病院らしさ”を発揮していることがわかります。陽子線と抗がん剤などを組み合わせて独自の治療法を確立し、さまざまながんで治療実績を挙げています。海外から同センターの治療を求めて来日する外国人患者もいるそうです。今回は具体的な症例を挙げながら、同センターの取り組みの実際を紹介します。
同センターの陽子線治療の“守備範囲”は非常に広く、適応症例として、頭頸部がんやⅠ〜Ⅲ期肺がん、食道がん、肝臓がん、直腸がん(骨盤内術後再発例)などを挙げています。通常の陽子線治療では行われていない種類のがんや、転移性肝がん、術後や放射線治療後の再発例にも積極的に取り組んでいます。
2010年の年間症例数524例のうち、約3分の1(175例)を占めるのが頭頸部がんです。頭頸部とは、脳より下、鎖骨より上の部分を指し、頭頸部がんには上顎がん、舌がんなど口腔内のがん、咽頭がんなどがあります。頭頸部がんはがん全体の6%に当たります。頭頸部には脳神経が張り巡らされており、非常にデリケートな部分なので、手術が困難なケースも少なくありません。線量集中性が高い陽子線による治療は、頭頸部がんのように重要な組織に近いがんに対して利点が大きい治療法です。
頭頸部がんと食道がん(10年は60例)の治療実績は、「世界の中でもトップクラス」と不破信和センター長(写真)は胸を張ります。そのほか、頭打ちとなっている進行がんの治療成績の改善にも力を入れており、日本国内はもとより海外からも、同センターでの治療を求めて数多くの問い合わせが寄せられています。
がん(赤い部分)が治療後に消失しているのがPET-CT画像でわかる。17カ月経過後もがんは制御されている
さまざまながんの治療を可能にしているのが、陽子線と抗がん剤の併用療法です。進行がんの場合、局所のがんを抑えることができても遠隔転移の問題がありました。そこで「局所療法」の陽子線治療と、「全身療法」の抗がん剤治療との相乗効果でがんを叩こうというわけです。
不破センター長が従来の治療法で限界を感じていたがんの1つが、食道がんでした。食道がんではX線単独よりも抗がん剤との併用で生存率が上がることが証明されています。しかし、がんが消失した完全寛解例の約半数で再発したり、がんが治ってしばらく経ってから健康を損ねる晩期合併症の問題がありました。
そこで、進行食道がん患者に、抗がん剤にX線と陽子線の併用治療を実施したところ、がんはほとんど消失しました(図1)。晩期合併症も、入院や手術などを要するような深刻なケースは今のところ認められていません。観察期間はまだ短いものの、手応えを感じていると言います。X線を併用するのは、食道がんは早期の段階でも広範にリンパ節に転移するため、予防域も含めた広い範囲を照射する必要があるためです。正常組織にダメージを与えない線量のX線を当てて顕微鏡レベルの転移がんを叩いてから、陽子線でがんの本丸にとどめを刺します。
(図2-a)舌動脈(黒い線条)に抗がん剤を注入する。手術中と手術後に血管造影でカテーテル先端部位を確認する。(図2-b)動注カテーテルから造影剤を流して、MRIで舌の深部に流れる抗がん剤の範囲(赤線で囲んで部分)を確認する
治療前に比べがんが顕著に減少し、15カ月後も制御が維持されている。陽子線治療と動注療法の併用治療が受けられるのは、日本はもとより世界でも同センターだけ
舌がんは頭頸部がんの中で最も多いがんです。がん全体でも1%を占め、決して稀ながんではありません。また、20代や30代の若年層にも多いがんなのです。舌がんの標準治療は手術ですが、舌の3分の2以上を切除すると、がんが治っても話す、食べるという機能が損なわれます。場合によっては生活自体が大きく制限されます。そうした事態は治癒後の人生が長い若年層にとってより深刻です。陽子線治療であれば舌を切除することなく、機能も維持することが可能です。不破センター長は「舌がん治療に、陽子線治療と動注療法との併用治療という選択肢があることをぜひ知ってほしい」と訴えています。
不破センター長は頭頸部がんの治療経験が大変豊富で、「動注療法」と放射線治療の併用療法で高い実績を挙げてきました。動注療法とは、がんの栄養となる動脈に高濃度の抗がん剤を直接注入する治療法です。同時に静脈に抗がん剤の中和剤を注入してがんのある部分にだけ抗がん剤を作用させるため、正常組織への影響を抑えることができます。両者の併用で陽子線の照射量を低減できるため、下あごの骨の壊死や歯の脱落といった重篤な副作用を減らすこともできます。頭頸部がんで動注療法を行うに当たっては、抗がん剤が流れる範囲を確認できることが重要で(図2、図3)、MRI診断装置など、治療をサポートするインフラが整っている必要があります。
今後、陽子線治療が有効になるかもしれないがんの1つが、肛門に近い部分の直腸がんです。このがんの場合、手術でも治癒は望めますが人工肛門が必要になります。同センターでは手術(人工肛門)拒否の直腸がん患者に陽子線治療を行い、良好な結果を得ました。肛門を温存する外科治療と連携できれば、治療の選択肢が広がり、将来的には一部の直腸がんでは人工肛門になるケースは避けられるかもしれません。「陽子線治療は画期的な治療法です。だからこそ、この治療に携わる放射線治療医は『自分たちがエビデンス(治療の有効性を裏付ける科学的データ)を作るのだ』という気概が必要です」と、不破センター長は主張します。
陽子線治療は、実際に治療を行うまで準備期間が必要です。照射時に体を固定する固定具をオーダーメードで作成したり、最適な照射方法を検討して治療計画を立てたり、本番を想定したリハーサルを行うためです。照射時間は1回につき2〜3分程度、横になっている時間は位置合わせなどを含めて15〜30分程度で、平均週5日のペースで照射します。治療期間はがんの種類や病状により異なります。肺がんや肝臓がんは2週間ないし4週間、最も長い前立腺がんで約8週間となります。同センターで陽子線治療を受ける場合の費用(自己負担分)は、照射回数にかかわらず、288万3000円です。
治療は外来通院も可能です。頭頸部がんのような治療が難しいがんの場合は入院になりますが、その他の多くの方は近隣のホテルに滞在して通院するそうです。同センターへは東北新幹線で東京・郡山間が約1時間20分、郡山駅から同センターまで車で約10分ですから、仕事をしながら治療を受けることもできます。例えば、夕方6時頃に同センターに到着できる時間までは東京で仕事をして、日帰りで治療を受けるということも可能でしょう。
現在、世界に約30カ所ある陽子線治療施設のうち7施設が日本にあり(11年3月現在)、今後さらに増える予定です。「この分野は日本が世界をリードしていくべき」という不破センター長の言葉は、陽子線治療を希望するがん患者の支えとなるに違いありません。