日進月歩の技術開発で、
操作性や安全性が向上
( 2011/08/24 )
※この技術は、2013年から保険適用になりました。
経カテーテル大動脈弁留置術(transcatheter aortic valve implantation:以下、TAVI)が世界で初めて行われたのは、2002年のことです。日本では09年10月に大阪大学医学部附属病院(以下阪大病院)が初めて実施しました。阪大病院で10年4月から開始された治験は予定の症例数(60例)に達し、他施設でも治験が行われるなど、国内でもTAVIの臨床研究が進められています。
まずは、09年に阪大病院で実施したTAVIの臨床研究(4例)について紹介しましょう。平均年齢は85歳(最高齢91歳)、間質性肺炎やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)、腎不全などの合併症を有し、ユーロスコア(手術を受ける際の予測死亡率)が手術の限界とされている20点、つまり予測死亡率20%を超えた、通常であれば手術不適応であるか、あるいは手術のリスクが高い患者です。こうした患者にTAVIを行った結果、術後の早期成績は良好でした。91歳の男性は術前に余命3カ月と宣告されていましたが、術後2年経過した現在も元気だそうです。
TAVIの適応症は、大動脈弁が石灰化した「重度の動脈弁狭窄症(以下、AS)」です。通常、石灰化で鉛の管のように硬くなった大動脈にはメスが入りません。またメスが入っても弾力性が失われた血管は縫い合わせることができず、手術不適応となります。このような症例も、TAVIであれば手術が行えます。また、ユーロスコアなど手術リスクを計算したスコアが一定以上高いことも選択基準に挙げられています。
ただしTAVIも万能ではありません。患者の弁のサイズが人工弁の弁輪径(直径)の範囲内(18〜25mm)であること、また、大動脈弁の近くにある冠動脈の開口部との距離が近すぎないこと(人工弁が冠動脈の開口部を塞いでしまわないため)、左の冠動脈付近に高度な石灰化がないこと(心筋梗塞など他の心血管疾患の発生を避けるため)などの条件を満たす必要があります。TAVIの恩恵を受けるには、「適応症の適切な設定が重要」と、大阪大学大学院心臓血管外科の澤芳樹教授は言います。
次に、治療の流れを簡単に説明しましょう。事前に特別な準備は必要ありません。手術時間は標準治療の大動脈弁置換術(以下、AVR)が3〜4時間かかるのに対し、TAVIは経大腿アプローチ(脚の付け根にある大腿動脈、または骨盤内の腸骨動脈から挿入する方法。以下、TF)で1〜1.5時間と短いのが特徴です。手術時間の短縮は、患者はもちろん術者にとっても大きなメリットになります。
臨床試験のデータでは、手術から1年後の回復具合は同程度ですが、術後30日の時点ではTAVIの方が優れていました(図1)。TAVIの早期回復は澤教授も実感しています。傷が小さくて済む低侵襲のTFの場合、ほとんどが手術室で人工呼吸器を外し、集中治療室(ICU)ではなく回復室に入ります。手術翌日には一般病棟に移れるそうで、早ければ術後1週間で退院することができます。一方、AVRは術後10日〜2週間で退院できますが、胸を大きく開くため回復には時間がかかります。
この治療に係る費用は556万7000円です。このうち患者負担額は一律150万円で、差額は研究助成金で医療機関が負担します。
TAVIの治療成績を押し上げている理由の1つが、医療機器の進化です。欧米では新しい生体弁が次々に開発されています。阪大病院が採用している米エドワーズ社製生体弁(SAPIEN)の最新型は、フレームにコバルト・クロム合金を採用して小さく畳むことができたり、TF用のカテーテルの径が細くなるなど操作性が向上しています。
09年4月から稼働しているハイブリッド手術室。高性能X線透視撮影装置により、術前に撮影した3次元CTと連携したり、手術中の3次元透視撮影が可能になり、より精度の高いカテーテル治療が行えるようになった
新しいタイプの生体弁の1つに「バルブ・イン・バルブ」があります。文字通り弁の中に別の弁があり、TAVIではめ込んだ弁が劣化してきたとき、中に折り畳まれた新しい弁を広げます。生体弁は機械弁に比べ耐久性が劣り、将来再手術が必要になることもありましたが、これによって再手術を回避し、生体弁の寿命を伸ばすことができます。
また、阪大病院の手術室は、高性能X線透視撮影装置を導入した「ハイブリッド手術室」です。これで従来の心臓血管手術を行いつつ、透視撮影装置を用いた精度の高いカテーテル治療が安全に行えるようになりました。カテーテル治療時の不測の事態にも迅速な外科的対応が可能です。
生体弁の留置は高い精度が求められますが、透視撮影装置に弁の留置を誘導するナビゲーション機能が加わったことで、より正確な手技が行えるようになりました。TAVIを行う際はペースメーカーで拍動を小さく抑えていますが、静止してはいないため、動く中で留置するのは難しく、緊張する手技です。わずか数mmの誤差でも、下過ぎて心臓の中に入ってしまえば開胸しなければなりません。「今までは『下過ぎないように』という意識が強く、どうしてもやや上に留置していました。ナビ機能があることで自信を持ってベストポジションに置けるようになりました」と澤教授は言います。
澤教授は、03年秋に世界で初めて行われたTAVIの臨床研究発表を聞いています。当時は手術による死亡率が25%と高かったため、聴衆の反応は多くが冷ややかだったそうですが、澤教授は「弁膜症の治療体系が変わるかもしれない」と予想。ほどなくデバイスの開発が猛烈な勢いで進み、それに伴い手術成績も向上したことで、世界のTAVIに対する見方が大きく変わります。澤教授が日本でいち早く導入に動いたのは、「既存の方法に固執してこの流れに乗り遅れれば、日本の医療は世界から取り残されてしまう」という危機感があったからです。
今後、TAVIの普及には何が必要でしょうか。日本の場合、冠動脈カテーテル治療など心血管カテーテル治療には多くの循環器内科医が携わっています。ただ、TAVIは治療の血圧低下のリスクが高いため、澤教授は「循環器内科医と心臓外科医の連携が重要」と強調します。また、安全性を担保するための施設基準や指導医基準、実施医基準を設けるとともに、緊急対応を含めたトレーニングも必要です。
ASの治療対象例は5年で1.5倍に増加し、そのうち半数はTAVIによる治療が行われるのではないかと推測されています。TAVIは手術不適応な重度のAS患者が対象ですから、手術適応のある患者は今のところ適応外です。そうした患者には標準治療のAVRが安全に行えている以上、すぐにTAVIに置き換えられることはないでしょう。ですが、低侵襲のTAVIを希望する患者が増える可能性はあります。今後は手術リスクの低い症例について、安全性と有効性の検証が待たれるところです。