人間が本来持つ自己修復能力を引き出す
( 2011/10/27 )
※この技術は、2017年から先進医療をはずれ、自由診療の対象となりました。
着想からおよそ10年。“日本発”の「低出力体外衝撃波治療」は2011年7月現在、欧州を中心に世界で約1500人以上の患者に実施されています。この人間の自己修復能力を引き出す治療法は、狭心症に限らず適応拡大を視野に入れて様々な研究が進んでいます。まずは東北大学大学院医学系研究科・循環器内科学の下川宏明教授のグループが、世界で初めて行った本治療の臨床試験について、注目すべき結果を紹介しましょう。
第1次臨床試験の患者9人(55〜82歳)は、いずれも生活習慣病を合併し、冠動脈バイパス手術(以下、CABG)や、バルーンまたはステントを用いる経皮的冠動脈形成術(以下、PCI)では血行の再建が不可能な重症患者で、根治治療の選択肢がありません。こうした患者の心臓の患部に、1カ所につき200発、合計20〜40カ所に低出力の衝撃波を当てる治療を、1〜2日おきに3回(1クール)行ったところ、胸痛などの症状が改善され、心機能の改善も見られました。
この中で、虚血が広範囲に及んでいた患者には必要に応じて2クール実施しました。ある患者では1クール目は患部の半分を照射して、治療した箇所のみ血流の改善が認められました。2クール目に残りの患部に照射すると、その部分の血流改善とともに、1クール目の改善が維持されていることも確認できました。この患者は胸痛がなく運動できるまでに回復したそうです。「このように治療に伴い段階的に改善したということは、プラセボ効果(有効成分を含まない偽薬を真薬と信じて生じたと考えられる効果)ではありえません」と下川教授は言います。
(a) ニトログリセリンの使用頻度は治療前の約4分の1に減少した。(b) 心臓のポンプ機能の働きを示す左室駆出率も治療によって増加した
そこで第2次臨床試験は、患者と主治医に治療の真偽を知らせずに行いました。患者8人(61〜80歳)は、ほとんどがPCIとCABGの両方を受けたものの、なお治療が必要な患者でした。結果は、カナダ心臓協会(CCS)が規定する労作性狭心症重症度分類において、狭心症の重症度がクラスⅢからクラスⅡに改善されました。つまり、軽労作でも狭心発作が起きていたのが、中等度以上の労作をしなければ胸痛は起こらないまでに改善し、日常生活上の制限はわずかで済むようになったのです。また、狭心症の発作時や発作を予感したときに直ちに使用するニトログリセリンの使用頻度も激減しました(図1-a)。心機能についても、照射した場合のみ治療効果が有意に認められました(図1-b)。これらの結果をもって、本治療の効果が科学的に立証されました。
今のところ日本で本治療を受けられるのは東北大学病院のみです。全国から問い合わせが多数寄せられていて、中には「バイパス手術を受ける予定があるが、それをやめてこの治療を受けたい」と言われることもあるそうです。しかし、現時点ではCABGやPCIの適応がない、または実施しても十分な改善効果が見込めない重症患者が対象です。CABGやPCIの適応がある患者は、有効性や安全性が確立されている標準的な治療が優先されます。適応の可否は、検査結果をもとに、循環器内科の医師と心臓血管外科の医師で総合的に判断されます。
下川教授がスイスのストルツメディカル社と共同開発した心臓病専用の衝撃波治療装置「Modulith SLS」。大きさは心エコーよりやや大きい程度。車輪付きで移動も自由に可能
下川教授は治療装置の開発にも携わってきました。結石破砕装置との一番の違いは、ターゲット(心臓)が絶えず動いていることです。「そこで、衝撃波の発生装置に心エコーの機能を内蔵しました。心エコーのモニター画面で心臓の動きを見ながら、毎回心臓が一番拡張したタイミング(拡張期)で照射します。心拍に同期させることで、常に同じ位置に照射できるように工夫しました」と下川教授は説明します(写真参照)。1回の治療に約3時間要するのは心拍に合わせて照射するためです。とはいえ、治療中じっとしていなければならないわけではなく、途中トイレ休憩を取ることもできます。照射を中断しても治療効果は変わらないそうです。
患者は治療台に仰向けに寝る。治療ヘッドを患者の胸に直接当て、患者の心拍に合わせて衝撃波を当てる。このとき心拍と同期してカチカチとメトロノームのような音が聞こえるが、これを聞いて眠ってしまう患者も多いとか。治療中に胸がぽかぽかしてきたら、血流が改善されている証拠だ
治療の際は、麻酔や鎮静薬などの前処理は不要です。1カ所当たり約200発、合計20〜40カ所に照射し、これを1〜2日おきに計3回(1クール)行います。多くは1クールで症状の改善がみられ、入院期間は1週間〜10日です。先進医療にかかる費用は、1クール26万5500円で、検査・入院費用は保険適用となります。
患者自身が「よくなっている」と自覚するのは、治療して1か月を過ぎた頃からだそうです。例えば、ある重症狭心症の患者は、治療後に東日本大震災で被災し、交通機関がマヒしたため、仙台市から約40キロ離れた塩釜市まで歩いて帰ることができたといいます。かなりの長距離を、途中発作もなく歩き抜いた回復ぶりは、患者本人も大変驚き、下川教授にとっても大変嬉しい知らせでした。
下川教授が本治療を着想したのは、01年のことです。下川教授が現在理事長を務める日本NO学会で、「ヒトの内皮細胞に低出力の衝撃波を当てると、一酸化窒素(NO)が産生される」というイタリアの研究者の発表がヒントになりました。NOは98年にノーベル生理学医学賞となったテーマであり、血管拡張作用や血管新生作用を有する物質として注目を集めていました。音波による治療法を模索していた下川教授は、発表を聞いて「これは使えるのではないか」と直感したそうです。
早速、日本の医療機器メーカーに装置の開発を持ちかけますが、賛同は得られませんでした。治療用衝撃波に関する特許の多くをスイスやドイツの企業が保有していたこと、そして何より「衝撃波で心臓の血管新生を促す」という“型破り”な発想が理解してもらえなかったのです。そこで、海外に活路を見いだして、花開いたというわけです。
下川教授は、衝撃波による心臓の血管新生を“村祭り”に例えます。村人に、村祭りに参加するよう促すには、「祭りをやりますよ!」というアナウンスが必要だと下川教授は言います。呼びかけを聞いた村人たちは、自ら進んで家々から出てきて、神輿の担ぎ手やお囃子奏者として祭りを盛り上げます。本治療でいえば、“アナウンス”が衝撃波で、“村人たち”が血管内皮増殖因子(VEGF)など血管新生にかかわる物質になります。
感心するのは、村人たちは自分が何をすべきか、きちんと心得ていることです。本治療では、血管が足りないところには血管が必要なだけつくられます。しかし、必要のないものがつくられたり、つくりすぎることはありません。「村人たちは祭りは楽しむけれど、羽目を外したりはしません。それはモチベーションを持って、整然と自分の役割を果たしているからだと思います。必要なものを “強制的に”導入して再生しようとする細胞治療や遺伝子治療とは発想が異なります」(下川教授)。
東北大学病院の低出力体外衝撃波治療プロジェクトは、厚生労働省の「スーパー特区拠点促進事業」に採択され(09年度から3年間)、本治療のほかに、急性心筋梗塞や閉塞性動脈硬化症治療の臨床試験も進行中です。さらなる適応拡大を目指して、慢性心不全やリンパ浮腫、慢性膵炎、難治性皮膚潰瘍(床ずれ)の基礎研究や、加えて脳梗塞、脊髄損傷、肝硬変などへの応用も検討中だといいます。低出力衝撃波治療の今後に、期待がふくらみます。