生体肝移植において必須なシミュレーション
( 2012/01/27 )
※この技術は、2012年から保険適用になりました。
「肝切除手術における画像支援ナビゲーション」には様々な有用性があります。2次元であったCT画像の3次元化によって腫瘍と血管の位置関係が立体的に把握できるようになり、門脈の支配領域の可視化によって見えなかった境界線も見えるようになりました。また切除肝容積を正確に予測でき、さらに従来は不可能だった複雑な肝静脈還流領域をも予測。現在では生体肝移植の実施に必須となっています。
生体肝移植において、画像支援ナビゲーションで予測した切除肝容積と、移植した肝重量はほぼ比例関係にあることから、予測の精度が高いことが分かる
画像支援ナビゲーションで、腫瘍切除後の肝臓の形をシミュレーションできる
実際の手術では、切除予定の部分への血流を一時的に遮断し、切除範囲を可視化します。するとそこは血液が通わなくなり、変色して境界がはっきりします。変色した部分はシミュレーションの画像とほぼ同じ形をしていることからも、予測の精度が高いと言えます。また、切除した後の肝臓の形もシミュレーションすることができます(図2)。
東京大学大学院医学系研究科肝胆膵外科学・人工臓器移植外科学分野の國土典宏教授が「画像支援ナビゲーションが必須」と挙げるのが、生体肝移植における肝静脈の入り組んだ還流領域の予測です。肝臓の右肝と左肝の境界には中肝静脈が走っています。肝臓を左右で切り離すと中肝静脈から枝分かれした血管が途中で切れてしまうため、その先の領域には血液が行き渡りません。血の巡りが悪い範囲が小さければそのままでも問題ありませんが、必要に応じて血管を再建しなければなりません。再建の有無を見極める際に、画像支援ナビゲーションによる正確な予測が頼りになります。
肝移植においては、ドナーの残肝容積を十分に保ちながら、レシピエント(移植を受ける患者)のグラフト(移植する肝臓)容積をできるだけ確保するという、相反する命題が存在します。ドナー(臓器提供者)とレシピエントの術後の肝不全を防ぐには、中肝静脈の分枝をどう処理するか、あらかじめ計画しておく必要があります。画像支援ナビゲーションを利用すれば、各血管が支配する肝容積を正確に計測でき、どの血管を再建すればよいか的確な判断を下せるようになりました。
また、画像支援ナビゲーションによる3次元画像は、患者が自分の治療を理解する手助けにもなります。患者がCT画像を見ても、腫瘍が肝臓のどこにあって、どうなっているかは分かりにくいものです。3次元画像を用いてインフォームドコンセント(患者への説明)を行うと、患者は「自分の腫瘍はこんな位置にあるのか」と客観的に確認でき、患者の安心にもつながります。
画像支援ナビゲーションの適応症は、肝がんと肝内胆管がん、生体肝移植ドナーです。東京大学医学部附属病院(以下、東大病院)の利用実績は、先進医療に認可された2008年1月以降、年間120〜130件で、そのうち約20件が生体肝移植です。東大病院が実施する肝切除術は年間230〜240件ですから、半数以上で利用していることになります。
したがって、すべての肝切除例で利用しているわけではありません。例えば、腫瘍が肝臓の表面にある場合は画像支援ナビゲーションなしでも安全に行えますから、画像支援ナビゲーションは利用していません。腫瘍が単発であっても、サイズが大きかったり深い位置にあれば、系統的切除で腫瘍に冒されている領域をきれいに取り除くために、画像支援ナビゲーションを利用するのが望ましいと言えます。解析の下準備に時間を要しますが、國土教授は、画像支援ナビゲーションの位置付けについて、「“絶対に”必要なわけではないが、手術の正確性や安全性の向上など、計測以外のメリットは大きい。利用してみて術中の判断が早くなったことを実感している」と言います。
画像支援ナビゲーションに用いる画像データは診断用に撮影したものを使います。したがって、画像支援ナビゲーションを利用するために追加の検査を行うことはありません。患者自身の負担といえば、先進医療費がかかるくらいです。東大病院の場合、先進医療にかかる自己負担分は4万6300円です。より安全な手術を行うためであるという趣旨を説明すると、ほとんどの患者は同意するそうです。
12年1月1日現在、全国で16施設が先進医療の実施施設として認可されています。コンピュータソフトウェアの開発が進んでおり、見やすさ、分かりやすさ、処理スピードが向上し、豊富な解析機能を備えた新しいソフトウェアが登場しています。東大病院など先進医療の実施医療施設が中心となり、研究会や学会などで画像支援ナビゲーションの有用性を積極的に発表して、ナビゲーションの理解と普及に努めているそうです。これまでは肝臓疾患に注力している大学病院が使用するシステムと見られていましたが、最近ではより安全な手術を目指して一般病院でも導入され、利用の裾野が広がっています。