全身麻酔をしない、高齢者にとって
体の負担が少ない治療法
( 2012/04/27 )
※東京都健康長寿医療センターは、実施施設から外れています。(2020年11月時点)
「末梢血単核球細胞移植による血管再生治療」は、末梢血から血管をつくる細胞を採取して虚血肢に移植します。移植は合計2回、2週間隔で実施します。その効果は1回目の移植の数日後から現れ始め、見た目にも赤みを帯びて足が温かくなり、疼痛(とうつう)が軽減されます。今回は、閉塞性動脈硬化症(ASO)患者のAさんを例に、東京都健康長寿医療センターにおける血管再生治療を紹介します。
Aさん(70代女性)は2009年4月頃に他院でASOと診断され、治療を開始しました。やがて右足の指に皮膚潰瘍が出現。疼痛が強く、10年3月、東京都健康長寿医療センターに入院しました。ASOの標準的治療である経皮的血管形成術(PTA)は、先端にバルーンの付いたカテーテルを用いて閉塞した血管を広げ、血流を確保する治療法です。Aさんは、PTAを受けましたが、十分な血行改善効果は得られませんでした。退院後に疼痛が悪化したため、同年5月、同センターでの血管再生治療を希望して受診しました。このときAさんは、つま先がものに触れるだけで痛みが走る状態で、自力では立てず、車椅子で移動していました。右足の指先や側部には皮膚潰瘍や黄変した壊死組織が認められました。
事前の検査でがんは発見されず、本治療の適応と判断され、10年6月に入院して血管再生治療を受けました。移植前は右足が冷えないようにいつも毛布をぐるぐる巻きにしていましたが、移植後は足の冷感や疼痛が改善し、毛布なしで生活できるようになりました。患部もジュクジュクした状態からドライになり、潰瘍や壊死部分の周囲から肉芽が盛り上がってきました。翌11年の春には、潰瘍のかさぶたがポロリと取れて新しい皮膚が見えてきたそうです。「長い間、黒くなったつま先に見慣れていたので、きれいになってびっくりしました」と嬉しそうに話すAさん。一時は切断もあり得ると言われていただけに、喜びもひとしおだったそうです。
右足の指の潰瘍が治癒したAさんは、馬蹄型の歩行器を使って歩けるまで回復しました。それでも安静時疼痛はなかなか取れません。血行を促進する和温療法(低温乾式サウナ治療)で症状は緩和されましたが、腸管の動きである蠕動(ぜんどう)が亢進して下痢を起こしたため継続を断念。そこで2度目の血管再生治療を行うことになりました。
この機械は、血液中の単核球成分を分離する自動血液成分分離装置。ベッド脇に置かれたこの機械を臨床検査技師が操作して、ベッドに横になった患者から血液を毎分40〜50 mlゆっくりとした速度で単核球成分を分離する(1次分離)。単核球成分を抽出した残りは、自動的に患者の体内に戻される。この血液循環を4時間ほどかけて、2〜3回実施する
Aさんの移植当日の様子は次の通りです。まず、移植に必要な単核球成分を採取します。Aさんは朝9時過ぎに処置室に入室。採血は、自動血液成分分離装置を用いて、経静脈的に無麻酔下にて行います(図1)。ベッドに横になった状態で、通常は上腕正中静脈より末梢血を約4時間連続処理し、約1.1×1010個の単核球細胞成分を分離します。今回、Aさんは血管が細く上腕正中静脈よりの採血は困難と判断されたため、右内頸静脈からカテーテルを挿入し採取を行いました。単核球成分を分離した残りは、右の前腕静脈に戻します。
左の上腕正中静脈から採血する場合は、ひじが曲がらないようにします。血液が十分に採取できない場合は、採血する側の腕を軽く駆血したり、こぶしを握ったり開いたりという動作を繰り返してもらうなどの工夫をします。下半身は動かしても構わないので、Aさんは時々足を動かしており、体勢は「さほど大変ではない」そうです。この日は13時頃に採取が終了しました。
次に、単核球成分を含む採取液を遠心分離機で濃縮します(図2)。濃縮が完了したら、速やかに移植の準備をします(図3)。一方、Aさんは15時頃に手術室に入室して腰椎麻酔を行い、移植を待ちます。
採取液を遠心分離機に30分かけて無菌状態のまま濃縮する(2次分離)。遠心分離後、輸液バッグにへばりついているのが移植に使う単核球成分。移植に使わない血漿は点滴で患者の体内に戻される
迅速に移植できるように、事前に単核球成分を注射器に分注しておく。注射器1本(0.6 ml)で0.2 mlずつ3カ所に注射する。この日は40本以上用意された
均一に移植するために、5×10列のマークが付いたシートを貼り付ける。症状が片方だけの場合も両足に注射する。ふくらはぎに移植するときは補助役の医師に足を持ち上げてもらう
治療する前にがん検査などいろいろな検査(腫瘍マーカー、全身CT、胃カメラ、大腸内視鏡など)を行う。ある程度は外来でできるが、入院して1週間程度は検査期間に充てられる
移植を行う循環器内科の坪光雄介専門部長。皮膚科、血管外科とも密接に連携し、患者にとって最善の治療法を選択する
適応症のバージャー病は、症例数はごく少ないものの、患者が比較的若いこと、また動脈硬化のリスクが少なく血管の状態がよいため、再生治療の有効性が高いことが分かっています。足の指を切断後、皮膚の毛細血管における微小循環が高いにもかかわらず、6カ月以上経っても切断面の傷が塞がらず、治癒が長引いていたバージャー病患者に血管再生治療を行ったところ、傷がきれいに塞がりました。このように、術後、切断創部の治癒が長引く症例にも血管再生治療が有効だと思われます。
本治療の有効率は高いものの、適応例が限られます。条件としては、感染がコントロールされていることが前提であり、事前の検査でがんが否定されるまでの1〜2週間待機できることが挙げられます。壊疽は数日単位で急速に悪化してしまうことがあるので、時期を逸すると治療を受けるタイミングを逃してしまいます。「重症下肢虚血の治療の原則は、血行再建術(バルーンやステントで血管を拡張する血管内治療、外科的バイパス手術)ですが、膝下レベルにおける外科的バイパス手術が困難な症例は、早い段階で血管疾患の専門医に診断してもらい、血管再生治療も検討してほしい」と坪光専門部長は強調します。
同センターのウェブサイトを見て遠方から駆けつける患者もいますが、実際には、切断せざるを得ないケースが多いそうです。そうした患者は壊疽の範囲が大きく、感染がコントロールされていないことがほとんどであり、既に主治医から「切断するしかない」と宣告されており、その診断が覆ることはまずないと坪光専門部長は言います。足の指を超えて足底に広範な壊死に至る前に、有効な血行再建、血管再生治療を行うことで、唯一下脚切断を避けることができます。血管再生治療は血管の状態が悪いほど効きにくくなります。長期にわたる血液透析、喫煙、糖尿病、高血圧、高脂血症などの合併症が多いほど血管内皮細胞が重度に傷害されていて、血管を新生する血管内皮前駆細胞(EPC)がうまく働かないのです。今後は、効果のある症例を事前に調べる取り組みのほか、患者のEPC機能そのものや、既存の血管内皮機能の改善(若返り)が研究課題に挙げられています。