晩婚化などの影響で妊娠・出産を希望する年齢が高くなり、不妊の検査・治療を受ける人が増えています。生殖補助医療※の技術は年々進歩を遂げており、その技術を使って実際に生まれてくる子どもの数も増えていますが、加齢とともに妊娠する力は低下し、流産などのリスクも高くなります。
不妊治療の流れと種類について、東邦大学医学部産科婦人科学講座教授の片桐由起子先生に伺いました。
※生殖補助医療:妊娠を成立させるためにヒト卵子と精子、あるいは胚を体外で取り扱うことを含む治療の総称で、近年進歩した不妊症治療法のこと。体外受精、胚移植、顕微授精、胚の凍結保存・融解胚移植などを指す。
ポイント
東邦大学医学部産科婦人科学講座教授の片桐由起子先生
健康な男女が避妊をせず性生活を続け、一定期間を過ぎても妊娠しない場合を「不妊症」と言います。この期間は年齢によって異なり、諸説あります。以前は2年が一般的でしたが、晩婚化などの社会的背景から、日本産科婦人科学会は「1年」としています。女性が妊娠できる年齢は限られているため、特に年齢が高い場合には、より早く検査と治療を始めた方がよいという考え方が広まってきました。
実際に、不妊治療を受ける人は増え、その年齢も年々上がっています。背景には結婚年齢が上がり、子どもを望む年齢が高齢化していることに加えて、不妊治療が普及して検査や治療に対するハードルが低くなったことも影響していると考えられます。
女性の卵巣内にある卵子は新しく作られることはなく、加齢とともに数が減り、質も低下していきます。個人差はあるものの、生物学的には30歳を超えると自然に妊娠する力は少しずつ低くなり、35歳を過ぎると急激に低下します。
不妊治療の場合も、35歳前後から妊娠率は低下し、流産率が増加します。つまり、「年齢が高くなると妊娠しにくくなるから不妊治療」ではなく、「年齢が高くなると不妊治療をしても授かりにくい」ということです。男性も同様で、女性ほどではありませんが、加齢とともに精子の質や精巣機能が徐々に低下します。子どもを望むなら、不妊治療もできるだけ若い時期に始めることが重要なのです。
過去に妊娠をしたから不妊症ではないと思っている人もいますが、時間の経過とともに卵子や精子の質が低下したり、妊娠の妨げになるさまざまな合併症を併発したりするなど、不妊治療が必要となる可能性もあります。そのときそのときで“今の状態”を知ることが大切です。
不妊の原因はさまざまです。男性側の主な原因は、精子の数や運動率が少ない(造精機能障害)、勃起や射精に支障がある(性機能障害)などです。まれに、精巣内では精子が作られているのに精液中に出てこない「閉塞性無精子症」も見られます。
女性側の不妊原因には、以下のようなものがあります。
子宮内膜症、甲状腺の機能異常などの病気も不妊の原因になります。約10%の割合で原因不明のものも存在します。
女性の方が項目は多いですが、男性単独または男女両方に原因がある場合を含めて男性に何らかの原因がある可能性は48%と、原因の男女比はほぼ半々です。若いうちから何年も不妊治療に取り組んでいても、妻だけが長い間検査や治療に取り組んだ後で、夫の検査をして原因が見つかったときには、妻は年齢的に妊娠しづらくなっていたということもあります。男性の検査も先送りにせず、不妊治療は夫婦一緒に取り組むのが基本です。
原因に応じて、負担の少ない方法から不妊治療を開始します。一定期間治療しても妊娠しない場合は、次のように順を追ってステップアップして行われることがほとんどです。夫婦の年齢や諸条件によってそのタイミングは異なります。
【第1段階】一般不妊治療
なお、一般不妊治療には、排卵誘発薬(内服薬、注射)で卵巣を刺激して、排卵を起こさせる薬物療法、子宮内膜症などに対する外科療法も含まれます。
【第2段階】高度生殖医療(ART:Assisted Reproductive Technology)
卵巣から卵子を取り出し(採卵)、体外で精子と受精させて数日後に受精卵を子宮に戻す(胚移植)。受精の方法は以下の2つ。
高度生殖医療で子どもが生まれる確率は総治療あたり平均で11.7%です。年齢によって異なり、32歳くらいまでは約20%ですが、年齢とともに下降し、40歳を過ぎると7〜8%となります(2015年ARTデータブック、日本産科婦人科学会より)。
※1回あたりの費用。自費診療、施設によって異なる。
どの治療方法がふさわしいのかは、ケース・バイ・ケースです。
排卵誘発法もいくつか種類があり、刺激が強くなれば1回に採れる卵子の数は増えますが、その分、体への負担は大きく、費用もかかります。
高度生殖医療には、移植の方法に受精後の胚をそのまま移植する「新鮮胚移植」と採卵して受精した後に胚に育ったものを凍結して保存しておき、のちに解凍(融解)して子宮に移植する「凍結胚移植」があります。
原則として子宮に戻す受精卵は1つだけですので、複数の受精卵が採れた場合、残りは凍結しておけば次の周期は解凍して子宮に戻すだけとなり、採卵の負担がかからず費用も抑えられます。どんな治療を選択し、どこまで行うのかは、夫婦で話し合い、決断します。
卵巣機能による選択もあれば、精子の状態によっても異なります。例えば精子の数が少ないといっても、その程度は人によりさまざまで、その日の状態によっても変わるので、体外受精を予定していても当日検査をしてみたら顕微授精が必要という場合もあります。
場合によっては男性の精巣から直接精子を採取する治療(精巣内精子採取術)などが必要になることがあり、そうした外科的治療に対応していない施設では、男性が他施設で摂取して凍結した精子を女性の治療施設に移送するといった手順も必要になります。施設ごとに得意とする治療方法や方針も異なるので、通院しやすく自分に合う治療ができる医療機関選びも重要になります。体外受精などの生殖補助医療を行っている医療機関は日本産科婦人科学会のウェブサイトで検索することができます。
体への負担や通院回数は女性側に多くなりますが、夫婦二人の問題として向き合い、体への負担、経済的負担、成功率などさまざまな角度から総合的に考えることが大切です。なお、体外受精と顕微授精を対象に、最大15万円(所得制限、年齢制限あり)の公費助成が受けられる制度もあります。厚生労働省のウェブサイトなどを参考にするとよいでしょう。
子どもを望むなら、できるだけ早く不妊対策に取り組むことが第一です。妊娠を望む年齢が高いということは、卵管炎、子宮筋腫、子宮内膜症など不妊につながる婦人科疾患や内科疾患のリスクも高く、いざ不妊治療を始めようと思っても、そうした疾患の治療が優先されることがあります。遠回りとならないよう、定期的な検査を受け病気を予防しましょう。また、喫煙は卵巣機能低下を早め、骨盤内の血流を悪くします。これは卵巣機能や子宮環境に悪影響を及ぼす可能性もあります。日ごろから生活習慣全般について体内リズムが狂わないような規則正しい生活を送る、禁煙するなど、子どもが欲しいと思ったときに安心して産めるよう、全身の健康管理も大切です。
「不妊治療が他の治療と違うのは、本人の健康を回復するためではなく、子どもを持ちたいという希望をかなえる治療だということ」と片桐先生が話す通り、それによって生まれてくる新しい命があり、妊娠がゴールではないということも理解しておきたい大事な点です。年齢、家庭環境や経済状況、子どもの将来までよく考えたうえで、納得のいく選択をしたいものです。