治療を望む患者にできる限り応えたい。
そのために最善の医療体制をつくる。
( 2009/11/20 )
※2016年、2018年に、小児腫瘍(陽子線治療のみ)、切除非適応の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮がんを除く)、限局性前立腺癌については、保険適用になりました。
2つの粒子線治療である「重粒子線治療」と「陽子線治療」。この両方の治療が受けられる世界唯一の施設が「兵庫県立粒子線医療センター」です。最先端の治療法を最大限に生かすには、どのような考え方、体制で施設を運営するべきなのでしょうか。菱川良夫院長に、独自のポリシーを語ってもらいました。
がん治療は大きく分けて、「見つける」「治す」「治療後の様子を見る」の3つのプロセスがあります。従来、大きな病院でのがん治療は、この3つすべてを担う、というケースが当たり前でした。
兵庫県立粒子線医療センターの特徴は、ここが「治療」に特化した施設だということです。同センターを訪れる患者は、他の医療施設でがんが見つかり、既に告知を受けた人ばかりです。
菱川院長は、「ここでは、『がんを治す』ことだけに専念しています。そうすることで今のマンパワーを集中させ、治療を望む患者の一人でも多くに、粒子線治療を受けてもらいたいからです」と、明確な方針を打ち出しています。
したがって治療を終えた患者は、別の医療施設で「様子を見る」ということになります。「がんになった」というつらい心理状態から「治療してもらった医師に、完治するまで診てもらいたい」と考える患者は多いものです。しかし、複雑なプロセスを経るがん治療などは、それぞれの医師が専門的な役割を分担したほうが、良い結果につながるケースも少なくありません。
「治療」に特化してきた同センターですが、それでも開院当初は1日30人程度の治療が精一杯でした。しかしスタッフの体制や設備維持メーカーとの協力を強化するなどして、現在では1日90人以上の治療が可能になりました。
現在、ベッド数は50床で、通院は40〜50人という状況です。通院患者は、自宅から通院するか、遠方の人は相生市などのホテルに宿泊しながら通院しています。腎透析や内科的な疾患がある人の場合は同センターと連携している別の医療施設に入院して、そこから通院する人もいます。非侵襲的、つまり治療による体へダメージが比較的小さい粒子線治療だからこそ、多くの患者が通院で治療できるわけです。すべての患者は治療後、それぞれ地域の医療施設で様子を観察することになります。
菱川良夫・兵庫県立粒子線医療センター院長
菱川院長のポリシーで同センターは「治療」に特化しています
粒子線医療センターの合理的な運営を象徴するシステムの一つとして、電話による患者からの問い合わせや相談に、菱川院長自らが対応することがあげられます。治療を望む患者からの電話があると、すぐに院長室に回され、菱川院長が直接症状などを聞き、その患者が次に取るべき手続きの説明をしたり、その患者を受け入れるかどうかの判断をしたりします。
「現場のスタッフにはできるだけ治療に専念してもらいたいからです。もし、他のスタッフが患者さんからの問い合わせに応対したとしても、その患者さんを受け入れるかどうか、最終的には私の決裁が必要となります。それなら最初から私が対応する方が、手間が省けます」
電話による患者とのやりとりから、菱川院長が同センターで受け入れ可能だと判断すると、患者は同センター指定の書類をサイトなどから入手し、必要事項を記入して、ファクスや郵送で申し込むことになります。現在、申し込みから初回受診までの期間は1週間から10日程度です。
自ら患者からの電話相談を受ける菱川院長
菱川院長は、粒子線医療センターが、常に粒子線治療におけるトップの施設であり続けることを目指しています。そのためには、「特別な医師」の存在ではなく、組織として同センター全体のレベルを上げることこそが重要だと考えています。
「よくテレビなどで『名医』として紹介される医師がいますが、ああいうタイプの特殊な技能を持った医師は、うちの施設には必要ありません。組織としての体制を整備することによってトップレベルの施設をつくることが重要なのです。そうすることで将来、私を含めたスタッフが新しいスタッフに入れ替わることにあっても、患者には等しく質の高い治療を提供し続けることができるからです」
こうした体制づくりのために、個別の患者の治療方針や治療計画について毎朝カンファレンス(検討会)が行われ、菱川院長、医師、看護師、放射線技師、医学物理士らスタッフ全員が参加します。こうして徹底的な討議が行われ、完全な治療計画にしていきます。
カンファレンスに時間をかけるのには、2つの理由があるといいます。
「第1に、ここは2つの粒子線治療ができる唯一の施設ということもあり、陽子線と重粒子線のどちらを使うべきかの慎重な選択が重要だからです。もう一つ重要なことは、議論を繰り返すことで、医療と物理関係の両方の領域を双方のスタッフが理解できるようになっていくことです。理論だけでなくお互いの考え方やスタンスなども感覚的にわかっていき、それによって強固なチームにまとまっていくのです」
毎朝行われるカンファレンスの風景
カンファレンスでは患者のデータをもとに治療方針を議論
菱川院長は、いくら粒子線治療がすぐれた治療法だといっても、早々に公的な保険診療の対象となるのは難しいと考えています。保険診療となれば、全国どこでも同様の医療サービスを受けられる体制を整えなければならないからです。大規模で高額な費用がかかる粒子線治療の施設は現在、全国で十数カ所にしかありません。
「粒子線治療のような特殊な治療は、日本全国という広域レベルで整備すべきでしょう。そしてそれぞれの施設が密接に連携しながら、通院のためのインフラを整備するなどして、全体として粒子線治療のレベルアップを目指していけばいいのです。粒子線治療のようにハイテク機器に莫大なお金がかかる医療施設をすべての地域に組み込むというのは無理があると思います」
兵庫県立粒子線医療センターでは、現在は乳がんと脳腫瘍の治療は行っていません。乳がんに関しては、鹿児島県指宿市にあるメディポリス医学財団が2011年から陽子線治療の臨床試験をスタート。脳腫瘍に関しては、福島県郡山市にある脳神経疾患研究所付属南東北がん陽子線治療センターでの治療体制に期待しており、この2つのがんに関しては、それぞれの施設への患者紹介を積極的に行っていく方針だと言います。
「医療費の面から言っても、現在患者の自己負担となっている先進技術部分が300万円前後という高額なものなので、これをすべてのケース、すべてのがんで公的な保険の対象とするのは、現状ではかなり厳しいと言えるでしょう。それよりも民間の医療保険などをうまく活用する方が、現実的で望ましい方法だと思います」
次回(最終回)は受診システムや治療方法・費用などについて、具体的な情報をお伝えします。