“神業”ドクターがテクニックを駆使する
「エキシマレーザー冠動脈形成術」
( 2010/02/09 )
※この技術は、2012年から保険適用になりました。
千葉県松戸市にある医療法人社団木下会千葉西総合病院。ここは心臓、血管などの循環器系のカテーテル治療を行う施設として有名です。急性疾患と集中治療に高度な医療を提供していますが、なかでも「エキシマレーザー冠動脈形成術」は、他の方法では治療が困難な、心臓の血管の目詰まりを治す治療法として注目されています。ルポでは2回に渡って、この治療法と同病院の三角和雄院長についてリポートします。
千葉西総合病院の外観
三角和雄院長
心臓病は、日本人の死因第2位の病気です(1位はがん)。その心臓病のなかでも近年増えているのが「虚血性心疾患」です。これは、心臓を取り囲むように走っている血管「冠動脈」(あるいは「冠状動脈」)が狭くなったり、目詰まりして、血液の流れが滞って「心筋」(心臓の筋肉)に必要な酸素や栄養分が供給されなくなり、心臓付近に痛みを感じたり、心筋が壊死したりする病気です。虚血性心疾患は、血流が一時的に滞る「狭心症」と血流が完全に途絶える「心筋梗塞」に分けられます。加齢に伴う動脈硬化やコレステロールを多く含む食事などが原因とされています。
近年は、狭くなった血管に「カテーテル」と呼ばれる細い管を通して、再び十分な血液が流れるようにする治療が主流になっています。以前は、開胸手術して血管のバイパスをつくる方法が主流でしたが、血管の目詰まりを改善して、血流を再開させる技術が進んできたのです。
千葉西総合病院の三角和雄院長は、心臓カテーテルの世界的権威として知られ、アメリカの医師格付け機関による「ベスト・ドクター・イン・ジャパン」に4年連続で選出されるなど、世界的な評価を得ている名医です。これまでに約2500人の治療を行っており、遠方から三角院長を頼って来院する患者もたくさんいます。
エキシマレーザー発生装置
「CVX-300」
(ディーブイエックス社提供)
エキシマレーザーによる
プラーク除去の模式図
(ディーブイエックス社提供)
心臓カテーテルを使う治療法には、いくつかの方法があります。よく知られるのは、「バルーンカテーテル」で、血管内の狭くなった部分で、カテーテルにつながった風船を膨らませることで、血管を広げる手術です。また、「ステント」と呼ばれる、網状の金属性チューブを入れて血管を広げることで、十分な血流を確保する方法もあります。しかし、血管内のプラーク(コレステロールなどでできた沈着物)がたまり、それが石灰化してバルーンカテーテルやステントが通らないほど狭くなったケースでは、これらの治療はできなくなります。
このような場合には、カテーテルの先端に「ロータブレーター」というダイアモンドを使ったドリルを付けて、それを操作してプラークを削り取る方法がありますが、これは硬く石灰化したプラークのみに使え、血栓を伴うような柔らかいものには向きません。
このようにプラークが柔らかくて血栓を伴いロータブレーターが使えないときに効果を発揮するのが「エキシマレーザー」を使った「冠動脈形成術」です。これは、カテーテルの先端に取り付けた照射装置からレーザー光線をプラークに放って、プラークを蒸発させてしまう方法です。
医療で使われるレーザー光線はいくつかの種類があります。代表的な「炭酸ガスレーザー」「ヤグレーザー」「アルゴンレーザー」などは、光線の持つ高熱の力を治療に利用します。これに対してエキシマレーザーは、光子エネルギーによってプラークの分子を直接分解したり、蒸発させたりします。ある程度の熱も発生しますが、照射時の温度は40度程度なので、熱によって血液が凝固して血栓ができることはありません。
エキシマレーザー冠動脈形成術を行なう施設はまだ少なく、先進医療として承認されているのは国内に10施設程度しかありません。これはエキシマレーザーの照射機が約5000万円と高価なことや、それを駆使するのに医師の高い技術が必要となるからです。
千葉西総合病院では、エキシマレーザー冠動脈形成術の、先進技術部分(患者の自己負担)の費用は29万円です。(バルーンカテーテル、ステント、ロータブレーターは通常の保険診療)
救急で運ばれた患者に対してもこの治療法を行うことがあります。その場合は、患者やその家族に十分な説明を行って、費用が自己負担となることなど説明し、患者の意思を確認します。手術はその日のうちに行われます。
現在同病院の循環器科には15人の医師がいますが、難しい手術は三角院長自身の担当になります。また、各医師による手術も、すべて三角院長の指導のもと行われます。日中は外来患者の診察などがある三角院長の手術は、通常夕方以降の開始となり、多い日には1日で10件以上になるので、すべての手術が終了するのは早くても深夜、時には明け方5時ごろになる日もあるといいます。
手術中、患者の患部はエックス線撮影され、医師はその映像を見ながらカテーテルの操作を行います。冠動脈に向けて、患者の足の付け根あたりに小さな穴を開け、そこからカテーテルを入れていきます。局所麻酔が行われ、患者は痛みを感じることはありません。医師はエックス線の映像を確認しながら、カテーテルの先端を患部に向けて慎重に送り込んでいきます。
患部に向かってこのカテーテルを送り込む行為こそが、これまで三角院長が培ってきた経験による感覚がものをいう、他の医師には追随できない繊細な「カテーテルさばき」なのです。
レーザー光線でプラークを除去した後は、その部分に薬を入れたステントをはめて、再びプラークがたまって血管をふさぐのを予防します。患部の状態にもよりますが、レーザー治療自体にかかる時間は10分程度です。多くの患者は、手術の翌日には退院できるといいます。
手術風景(1)
黒いキャップが三角院長。医師同士はレシーバーを使って会話します。
手術風景(2)
カテーテルの操作は、エックス線の映像を確認しながら行われます。