究極の低侵襲手術と言われる理由
( 2011/06/27 )
※この技術は、2014年から先進医療をはずれ、自由診療となりました。
ロボット手術は、胸骨正中切開という患者に負担が大きい開胸処置を避けることで、手術時の出血量を大幅に抑え、術後の感染リスクや疼痛を軽減することができます。傷が小さいため回復が早く、入院期間の短縮やクオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)の著しい低下を防ぎ、早期の社会復帰を促すという好循環が生じます。
東京医科大学心臓外科の渡邊剛教授は、ロボット手術を「超低侵襲手術」と位置付けています。それは傷の大きさだけでなく、ロボット手術が治療全体を通して患者の負担を軽減するものであるからです。
胸骨正中切開は骨を切るため、それだけで出血量が多くなります。そのうえ体内で手技がスムーズに行えるように、皮膚や筋肉、脂肪を大きく切開するため出血量はさらに増えます。当然、開胸している時間が長いほど出血量は増えます。一方、ロボット手術は直径12mmの穴を3つあるいは4つあけるだけで骨を切ることもないため、手術時の出血量が極めて少なくて済みます。
ダヴィンチによる手術の模様。患者の側で助手がロボットアームに取り付ける手術器具の交換などを行う。術者は写っていないが、写真の手前にいる。患者から離れて、ケーブルでつながった操作台で遠隔操作する
患者にとっての最大のメリットは術後回復の早さです。ロボット手術が患者の心身の負担軽減に寄与するエピソードを紹介しましょう。以前、渡邊教授がロボット手術の翌朝に患者の回診に行ったところ、病室に患者がいません。その患者は渡邊教授に一刻も早くお礼を言おうと、エレベーターホールに歩いて迎えに行っていたのです。手術の翌日に自分で歩けるほど動くことができるのは、それだけ痛みの少ない証です。
術者はモニターをのぞき込みながら左右のハンドルを操作する。つまむ、はがすなど実際の手術に近い感覚で行える
ロボット手術は早ければ術後3日で退院できます。1週間後には自動車の運転や布団を干すなどの日常生活が送れるようになります。短期間のうちに通常の生活に戻ることができ、1週間程度で職場復帰も可能です。胸骨正中切開は入院期間が7〜10日でロボット手術と大差ありませんが、退院後の回復で大きな差がつきます。切開した胸骨が接合するまで安静が必要で、通常の生活が送れるようになるのに2〜3カ月かかるのです。その間、仕事が制限されることがあれば職場復帰が遅れ、経済的なダメージを受ける可能性があります。その点でも早期に職場復帰できるロボット手術のメリットは大きいと言えます。
ロボット手術による治療の流れを簡単に説明します。ロボット手術を受けることが決まったら、手術に必要な検査はすべて外来で済ませます。入院にかかる費用負担を極力減らすためです。入院するのは手術の前日です。手術にかかる時間は冠動脈バイパス手術で2時間半から3時間です。術後は集中治療室(ICU)にて経過を観察し、手術翌日の朝には一般病棟に移ります。特別なリハビリは行いません。早ければ術後3日で退院することができます。
先進医療制度を利用する場合でも、事前に申請しておくと医療費などの支援を受けられる医療サービスがあります。住んでいる市町村区に「身体障害者診断書」と「自立支援医療(更生医療)」を、70歳未満であれば加入している健康保険に「限度額認定証」をそれぞれ申請すると、70歳未満の人の治療費は177万4230円で、月額所得53万円以上の人では187万6800円になります。なお別途、食事代や差額室料などが自己負担となります。
上位3つの手術がダヴィンチの得意分野。僧帽弁形成術は患者自身の弁を残し、悪いところを修復して機能を回復させる手術。心房中隔欠損閉鎖術は心房の仕切りに開いた穴を閉じる手術
先進医療のロボット手術の適応は、心臓病に関しては現時点では虚血性心疾患の冠動脈バイパス手術のみです。渡邊教授が東京医科大学病院と金沢大学附属病院で実施しており、2005年12月から11年1月までに両病院で行われたロボット手術113例のうち、65例(58%)が冠動脈バイパス手術です(グラフ)。
ロボット手術は、弁膜症(弁の障害)や心房中隔欠損症(心房の仕切りに穴が開く単純な心奇形)などの心臓手術への適応も期待されています。ロボット支援による僧帽弁形成術と心房中隔欠損閉鎖術については、先進医療の申請を準備しているところだそうです。手術実績の上位3つは体の奥深いところで細かい作業が必要なため、ロボット手術の得意分野です。逆に大動脈瘤の手術は、大動脈が体の表面に近くて浅い場所での作業になるため、ロボット手術ではかえってやりにくく、必要性も低くなります。
「ロボット手術の普及がライフワーク」と語る渡邊教授。あらゆるケースを経験でき、世界的にもトップレベルと認められる300症例達成を目指す
渡邊教授は自身の公式ウェブサイトで電子メールでの相談を受け付けていますが、ロボット手術に関しては弁膜症や心房中隔欠損症の患者からの相談が多いと言います。心房中隔欠損症の場合、手術は単純な手技ですが、胸に大きな傷が残ってしまいます。その点、超低侵襲のロボット手術は、特に若い女性にとって美容上の恩恵が大きいと言えます。渡邊教授は「紹介状が間に合わなくても、もらえなくても構いませんから、セカンドオピニオンとして気軽に相談してください」と呼び掛けています。
90年代後半に登場したダヴィンチは、今なお進化し続けています。今後はアームを入れる穴が1つでできるようになります。穴はやや大きくなりますが1つで済むため、より患者を傷つけずに手術が行えるようになるでしょう。ダヴィンチの使用に当たっては機器メーカーのトレーニングを受講しなければなりませんが、これまで教育システムが確立されていませんでした。最新機種には訓練者用と指導者用の操作台があり、優先操作をボタンで切り替えるなど、自動車教習の路上実習のように実践的な訓練を行うことができるようになりました。
10年12月末時点で、米国は1285台の手術支援ロボットを導入しています。アジアは92台で、そのうち韓国が34台、日本は18台でこの分野で遅れをとっています。渡邊教授は07年に「日本ロボット外科学会(J-ROBO)」を創設し、理事長として日本におけるロボット外科の普及に努めています。「今後、ロボット手術の質の保証と進歩を図るには、日本内視鏡外科学会の技術認定制度のように、技術レベルでライセンスを認定するような制度の導入が必要」と言います。
一見すると、設備が大がかりなロボット手術の方が難しそうですが、内視鏡手術の方が格段に難しく、医師の技量によって手術の成否が大きく左右されます。ロボット手術はどの医師も行えるわけではありませんが、ある程度の技量を持つ医師が必要なトレーニングを受け、正規の手順通りに操作を行えば再現性を得られます。ロボット手術の機会が増えれば手術の標準化も可能です。現在、日本でロボット心臓手術を行えるのは渡邊教授のみですが、ロボット手術を必要とする患者がその恩恵を受けられるようになるには、“ダビンチ・パイロット”の育成も重要な課題の1つです。