肝硬変に対する自己骨髄細胞投与療法
山口大学医学部附属病院 肝臓再生療法グループ
( 2015/08/25 )
ウイルス性肝炎やアルコール性肝炎など長期の炎症が続くと肝臓は小さく、硬くなり十分な機能が発揮できなくなります。いわゆる肝硬変です。一度、肝硬変に移行した肝臓をもとの状態に戻すことは非常に難しいとされてきましたが、山口大学医学部附属病院の第一内科「肝臓再生療法グループ(主宰 坂井田 功 教授)」は患者の骨髄から採取した細胞を静脈から注射すると肝硬変が改善され、一部の患者では慢性肝炎の段階にまで戻せることを確認しています。現在、この医療方法は公的な医療保険の適応になるかどうかを見極める「先進医療B」に指定され、臨床研究が続いています。
患者Aさんは、長期間にわたってC型肝炎ウイルス(HCV)による慢性肝炎を患い、治療を続けてきました。C型肝炎の治療のゴールは原因となるHCVを肝臓から排除することですが、うまくいきません。そうしているうちに治療のかいもなく肝硬変に移行してしまいました。
黄疸や腹水などがあるような進行した肝硬変の根治療法は現在でも肝移植であるため、禁酒やバランスのよい食事を心がけるなどの生活指導と肝細胞の壊死や炎症をできる限り抑える肝庇護薬を使用する対処療法を余儀なくされている患者さんが多くいらっしゃいます。それでも肝硬変が進行すれば重篤な肝機能障害で命の危険にさらされることになります。また硬くなった部分からは肝細胞がんが発生しやすいという問題もあります。肝細胞がんは治癒がとても難しいがんの1つです。
写真1 国立大学法人 山口大学医学部附属病院
山口県宇部市にあり、山口宇部空港からバスで15分。自己骨髄細胞投与療法のために遠方から患者がやってくる
Aさんは、山口大学医学部附属病院(宇部市、写真1)で研究が進んでいた「自己骨髄細胞投与療法」の臨床試験に参加することになりました。骨の内部である骨髄には血液細胞のもとになる細胞などが存在していて、山口大学医学部附属病院の肝臓再生療法グループでは、この細胞を点滴投与すると肝臓を硬くしている線維が溶けることで、肝臓が修復され再生が起こることを基礎研究で発見しました。
幸運なことに、自己骨髄細胞投与療法を受けたAさんの肝臓はみるみる回復し、慢性肝炎に近い状態に戻ることができました。そこで、再度ウイルスを排除するインターフェロン治療を受けたところ、HCVの排除にも成功しました。
肝硬変の原因には、Aさんのような肝炎ウイルス、お酒の飲みすぎ(アルコール性)、薬物・毒物の摂取、寄生虫など様々な原因があります。肝硬変の多くは慢性肝炎から移行してきます。慢性肝炎の患者は日本では約400万人、世界では2億4000万人に達します。肝硬変は日本では約30万人、世界では2000万人に上ります。日本人の肝硬変は肝炎ウイルス(B型、C型)によるものが多く、特にウイルス性肝硬変ではHCVによるものが最も多いことが知られています。
肝硬変になっても、早期の段階では自覚症状はほとんどありません。しかし進行して肝臓が十分に働けなくなると全身倦怠感が出て、疲れやすくなり、腹部膨満感や吐き気、腹痛に苦しむことになります。さらに進行すると黄疸、腹水、吐血、昏睡などの症状が出現します。
さらに重篤な合併症も現れることが普通です。肝硬変患者の三大死因は前述の肝細胞がんに加え、肝不全、食道静脈瘤の破裂に伴う消化管出血などです。これらのうち70%は肝細胞がんが占めます。
肝硬変の根治療法には肝移植があります。しかし日本の臓器移植は慢性的にドナーが不足していますから、希望したからといってすぐに行えるわけではありません。そこで考え出された治療法が今回、紹介する自己骨髄細胞投与療法です。
骨髄とは骨の内部にある組織で、血液細胞の種に相当する幹細胞を豊富に含んでいます。これら幹細胞には傷んだ臓器を修復し、必要に応じて組織の再生を促す働きがあることが報告されています。
自己骨髄細胞投与療法の手順を図1に示します。
まず入院し種々の検査を受け、この治療法にふさわしいかどうかを医師に判断してもらいます。「治療を受けることが良い」と診断されたら、自己骨髄細胞の採取です。入院して全身麻酔を受けた腰骨に注射針を刺し、約400ミリリットルの骨髄液を採取します。細胞の洗浄濃縮や検査を受けた後に、点滴投与されます。
注入された自己骨髄細胞は血流に乗って、肝臓に到着、患部に生着します。生着した骨髄細胞からは肝細胞を取り囲んでいる肝線維を溶かす成分が分泌されることで、肝臓は軟らかくなっていきます。そうなると肝臓が本来持っている再生力が発揮できるようになり、肝細胞は増殖して肝機能は改善していきます。また、炎症部では種々の活性酸素が発生し、これが肝細胞がんの発生を促す(肝臓の正常細胞のがん化)ことが明らかになっていますが、自己骨髄細胞にはこうした酸化ストレスを和らげる作用があることも肝臓再生療法グループでは基礎研究で確認しています。
図1 自己骨髄細胞投与による肝臓再生療法
(図提供:高見医師)
山口大学医学部附属病院では、マウスで安全性および有効性評価を繰り返した後に、2003年11月から患者を対象とした臨床試験に着手しました。山口大学ではAさんのように慢性肝炎のステージに戻すことができインターフェロン治療でHCVの排除にも成功した患者さんをはじめ、肝機能が改善するなどの効果が確認されました。またこれまでに国内外でも共同臨床研究を行っており、この肝機能改善効果は韓国の延世大学グループや山形大学医学部附属病院でも確認されました。
そこで、山口大学では「先進医療B」を申請しました。先進医療Bは保険医療として認められるために実際の患者に試みたデータを収集するプロセスです。厚生労働省および中国四国厚生局から2014年6月に「先進医療B」としての実施の許可がでました。その後、臨床研究保険の設定などの諸準備を経て、2015年12月から患者募集を開始し現在までに3人の患者さんが試験に参加しています。
写真2 山口大学医学部附属病院第一内科(肝臓内科)の高見太郎医師(講師、肝臓班チーフ)
最終的に17人の患者さんに治療したところで、その結果を第三者機関で客観的に審査され、保険医療にするべきかどかが判断される予定です。
このプロジェクトの中心になっている第一内科(肝臓内科)講師の高見太郎医師(写真2)は「臨床試験であるので適格基準が決まっています」と話します。主な適格基準は
① C型肝炎ウイルス(HCV)に起因する肝硬変である方
② 90日以上離れた2つの日時で肝臓の状態を示すChild-Pughスコアが7点(Child-PughスコアB)以上の状態にあり、現行の内科医的な治療法では改善が見込めない方
③ 年齢が20歳以上75歳以下
④ 研究参加の意義を理解しその同意を得ることが可能な方
などです。
表1 Child-Pughスコア分類
この治療はHCVによる肝硬変以外の肝硬変にも適応可能ですが、研究という制約があり、後々解析しやすいようにHCVによる肝硬変(C型肝硬変)に限定されています。Child-Pughスコアとは肝硬変の進行の程度を表す指標で、「脳症」「腹水」などの症状の有無や検査値などを総合して判定します(表1)。最も重い状態をC、軽い状態をAと判定します。Child-PughスコアB以上とは中等度以上に進行した状態を示します。
この治療では骨髄細胞の採取に際して全身麻酔が必要になります。全身麻酔では解毒の臓器である肝臓に負担をかけることがあり、全身麻酔が適当ではないと主治医が判断した場合はこの治療を受けることができません。
この治療を受けることを希望する患者を対象に山口大学医学部附属病院ではホームページに詳細な条件を示しています。「自己骨髄細胞投与療法を希望する患者さんは、ホームページを参照すると同時にかかりつけの医師に相談したうえで判断してください」と高見医師は語っています。